海外で人気のイマーシブ(=没入型)体験施設

エンターテイメント |

近年アートやエンターテイメントのジャンルで世界的なトレンドとなっているのがイマーシブ・エクスペリエンス(immersive experience)。直訳すると「没入体験」です。作り上げられた空間等を、現実の出来事のように体験できるイマーシブ体験施設が人気となっています。日本では「森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス」(2024年1月、麻布台にオープン予定)のようなデジタル・アート空間での体験等が有名ですが、海外ではより広範な体験をさすこともあるようです。本稿では、イマーシブ体験施設で人気がある海外の施設に焦点を当て、その概要や特徴を解説します。

※このレポートは2023年10月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。

世界各地で系列施設のオープンを進める企画展開催型のデジタル・アート・センター

アトリエ・デ・リュミエール / フランス

壮大なアート空間は人気ドラマのロケ地としても話題に

アトリエ・デ・リュミエール「グスタフ・クリムト展」「ヴァン・ゴッホ、星月夜」等の企画展を開催するデジタル・アート・センターです。延床面積約3,300㎡、天井高約10mの空間の隅々まで音楽に合わせたアーティスティックな映像が投影され、アートの中に入り込む体験ができます。世界的に数が増えている、典型的な「イマーシブ・ミュージアム」であり、各展示はチケットの売り切れが続出するほどの人気ぶり。年間来場者は約120万人にものぼるといいます。直近ではベルギーの漫画『タンタンの冒険』シリーズがテーマの「タンタン展」を開催しました。動画はこちらです。

最近は、全世界へ配信された人気ドラマ『エミリー、パリへ行く』(ネットフリックスのオリジナル作品)の撮影に使用され、ファンの聖地巡礼スポットとしても話題です。建物は大型鉄製部品の鋳造工場をリノベーションしたもので、歴史的な外観も相まって人気施設として定着しています。

運営するカルチャースペース社は、歴史的建造物や美術館の管理を担当する企業であり、パリ以外にも系列施設を世界各地に続々と展開。2022年以降、アムステルダム、ソウル、ドイツ、ニューヨーク等にも同コンセプトの施設をオープンさせました。

各地域独自の工夫がある2022年のオープン施設

アムステルダムのファブリック・デ・リュミエールは、ウェステルパルクにある旧工場を利用。展示内容は基本的にはほかのカルチャースペース社の施設と同様、クラシックなアート(クリムトやモネ等)を扱う約35分のプログラムが柱となりますが、現代的な作品を集めた12分間のプログラムも提供しています。現代アーティストの作品を紹介する部屋は、ほかの施設にはないといいます。

ドイツのドルトムントにオープンしたフェニックス・デ・リュミエールは、街の中心部から車で約15分の場所にあるフェニックス鉄鋼工場の跡地プロジェクトの一環として企画されました。この工場は、1843年から製鉄を開始しましたが、20世紀には衰退し、2000年代初頭から文化空間に再開発する計画が開始。地域再活性化の起爆剤として期待されています。

ニューヨークのアール・デ・リュミエールは、マンハッタン南部に開館。ビジネス街らしく、企業の研修やプライベート・イベントを行うことも可能です。幻想的な展示空間を活かし、プロポーズや誕生日パーティ、CMや映画撮影等にも使われています。最近では、人気ヨガスタジオ主催のヨガクラスが行われたことでも話題となりました。

没入型デジタル・アートを提供する、イマーシブ・ミュージアムの典型例。廃れつつあった歴史的な建物をアート空間に昇華し、展示だけに留まらない、多様なイベントに活用しています。世界各地への展開でも各地域ならではの工夫があり、目が離せません。

Atelier des Lumières / フランス(パリ) / オープン年 2018年 / 価格 一般14.5ユーロ、65歳以上13.5ユーロ、5~25歳9.5ユーロ

企業の「イマーシブ」活用を支援する公共アート・センター

ゲテ・リリック / フランス

すべての人に解放された公共のアート・センター

ゲテ・リリックは、1862年建造のオペレッタ劇場を改装したパリ市の文化施設で、広くデジタル技術に関係した創造活動を行うフランス初のアート・センターです。約13,000㎡の広さに展示室やカフェテリア、リソース・センター等があり、あらゆる年齢層や職種の人々に開放されています。

展示はビデオゲーム、AR・VR、舞台芸術、建築、彫刻等、多岐にわたるテーマで実施され、来館者がイマーシブなアート制作を体験できるワークショップも多数実施。施設の様子は2011年オープン当時の取材動画がわかりやすいです。2020年には約780㎡が改装され、新たに録音スタジオやインスタレーション・ギャラリー、ワークショップスペース、フォーラム等が追加されました。

企業の「イマーシブ」活用をさまざまな角度からサポート

この施設は、企業とのコラボレーションや企業サポートを積極的に実施しているのが特徴的です。

例えば、若手現代アーティストが所属する団体と共同で、イマーシブなイベントや体験の開催支援プログラム「アジャンス・ゲテ・リリック」を各種企業向けに提供しています。ゲテ・リリックのノウハウ、アーティスト・企業・利用者等のコミュニティを通して、革新的な「イマーシブ」の活用アプローチを提案し、企画設計からイベント当日、さらに開催後まで、オンラインコンテンツの制作・発信、先端技術への対応などを通じて培ったノウハウを活かして総合的にサポートします。

アートのプロによる斬新な動画やイベントが話題に

フランスのファッション・ブランド、メゾン・アライアは、新ライン「エディション」の発表に、この支援プログラムを活用しました。ドレスをモチーフとした芸術的な映像と音楽が流れる360度のプロジェクション空間でダンサーがパフォーマンスするもので、動画はYouTubeやSNSで発信され話題となりました。

このほか、ラグジュアリー・ファッションの大手企業グループであるLVMH向けに360度空間等を活用した社内向けイベントを、SNS関連企業向けにZ世代を交えた3日間のイベントを考案。イマーシブに関心を持つ企業を多角的にサポートしています。

アートに興味のあるすべての人に開かれた公共施設です。ハード・ソフトの両面から「イマーシブ」活用をサポートしてくれるプログラムは、多くの企業から注目を集めています。

La Gaîté Lyrique / フランス(パリ) / オープン年 2011年3月(2021年9月一部エリアリニューアル) / 価格 プログラムにより異なる。一部エリアは入場無料

サイケデリックな遊園地のような空間、触れるアート作品に没入できるエンタメ施設

ミャオ・ウルフ・ラスベガス / アメリカ

ラスベガスで注目のエンタメ複合施設

ラスベガスのメインストリート、ストリップからわずか数分のところにある新しい複合施設「エリア15」の中にある「オメガ・マート」は、ニューメキシコ州サンタフェを拠点に活動するアート&エンターテイメント集団、ミャオ・ウルフが3年を費やして制作した没入型アートスペースです。ミャオ・ウルフは、環境や社会に配慮した公益性の高い企業に与えられる「B Corp認証」を受けている団体であり、ミャオ・ウルフ・ラスベガスには725名が携わったといいます。

現実世界を忘れる摩訶不思議なサイケデリック空間

開業から1年で100万人以上が訪れたというこのアートスペースは、カラフルで不思議なテーマパークのようです。施設2層分の広大な展示スペースは、架空のスーパーマーケット「オメガ・マート」と親会社「ドラムコープ」の施設に関連する4つのテーマからなり、60以上の触れるインスタレーションが展開されています。

内部の様子はぜひ公式動画をご覧いただきたいです。エントランスは一見、普通のスーパーマーケットに見えますが、これが架空のスーパーマーケット「オメガ・マート」です。店内には、食品・日用品・健康用品・化粧品・雑貨、さらにアパレル用品等100以上の特注品がずらりと並び、よく見るとどれも世間を皮肉ったユニークなものばかりです。棚に並ぶ一部商品はアート作品として購入も可能となっています。

能動的にアートに参加できる仕掛けがたくさん

店内の各所にパラレルワールドへ通じる秘密の入口が隠されており、そこからさらにサイケデリックでアートな世界へと誘われます。「ここから入る」のような表示はないので、とにかくドアやロッカーの扉は開けてみる、穴はくぐってみる、怪しい壁は押してみるなど、能動的にアートに参加するのがこの空間を楽しむポイントです。

「オメガ・マート」の裏側に広がるスペースは、親会社「ドラムコープ」のオフィスや工場等に分かれています。薄暗い空間には、規模も趣もさまざまな光や音のインスタレーションが展示されており、見て、聞いて、触って、五感で楽しめる工夫が満載です。

「オメガ・マート」のデジタルを使わないイマーシブ体験へのアプローチが新しいです。徹底的にストーリーを作りこむことで、来訪者をアートの世界に没入させます。

Meow Wolf Las Vegas / アメリカ(ラスベガス) / オープン年 2021年 / 価格 14歳以上55米ドル、4〜13歳および65歳以上50米ドル

Researcherʼs Comment

デジタル・アートを体感できる施設が世界的に増える一方で、ミャオ・ウルフ・ラスベガスのような個性的なエンタメ施設も登場しています。今後イマーシブ体験が当たり前になるにつれ、より個性的な施設が増えてくるでしょう。飲食・スパ・医療・教育・専門店等とも融合するような事例が登場するのではないでしょうか。多様な企業の「イマーシブを活用したい」機運が高まるにつれ、ゲテ・リリックが提供するような企業向けイマーシブ活用の支援サービスが重宝されるかもしれません。(丹青研究所 国際文化観光研究室)


この記事を書いた人

丹青研究所

丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら

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