美術館も産業遺産もゲームの新たなパートナーに

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「ファミ通ゲーム白書」によると2022年の国内ゲーム市場は2兆31億円、2020年以降3年連続で2兆円を超えています。コロナ禍の外出制限をきっかけに拡大したゲーム人気はおうち時間のブームに終わらず、すっかり定着したと言えるでしょう。そんな中、ゲームとは一見縁遠そうな文化施設もゲームを積極的に取り入れはじめています。今回は世界的に知られている美術館、科学館、そして産業遺産の事例をご紹介します。

※このレポートは2024年3月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。

ゲームと組み、若者をクラシック美術に誘う

リール宮殿美術館 / フランス

歴史ある大規模公立美術館が開催したゲーム関連イベント

フランス・リール市にあるリール宮殿美術館は、1809年に開館した歴史ある大規模公立美術館です。2015年現在の収蔵作品数は7万点以上で、ラファエロ、ロダン、レンブラント等の名画を多数含みます。そんな由緒ある同館が2023年4月から9月まで、フランスのゲーム開発会社であるアンカマスパイダーズの2社と組み、3フロアを使った大規模なビデオゲームの展示やワークショップを開催し、大きな話題を呼びました。

ルイ14世時代の地図と、ゲーム「グリードフォール」の地図は似ている?

ゲームに描かれるキャラクターや世界描写は、ヨーロッパの宗教美術や中世近世美術からの影響を受けていることが多いです。今回の展示会では、クラシック美術とゲームは遠そうにみえて、実は近いことに気づかせてくれます。展示の様子は動画をご覧ください。

たとえば、同館の「立体地図の部屋」には、ルイ14世時代の立体地図群と、同じ時代の欧州を舞台にしたゲーム「グリードフォール」の立体地図を並置しており、歴史的な美術品からゲームの世界が影響を受けていることを一瞬にして理解できるようになっています。

美術館内でのデッサン・クラスも面白く、ゲームの世界観がインスピレーションを受けたと思われる絵画が並ぶ展示室で、ゲームのキャラクターに扮したモデルを描くことができます。世界各地でゲームを取り上げた展示会は開かれてきましたが、今回の企画は美術館の空間や所蔵作品とゲームの世界をきちんと関連づけている点で一線を画しています。

ゲームもアート。制作会社によるギャラリートークも

一方、大衆的文化と言われるゲームがいかに芸術的にも完成度が高いものなのかも伝えています。展示ではゲームに登場する宝箱を取り上げ、骨格、テキスチャー、小さな装飾物まで、いかに時間をかけて作られているのかを丁寧に解説。ゲーム制作会社によるギャラリートークも行われました。

美術館の門戸を広げる「オープン・ミュージアム」プロジェクト

同館は2014年からほぼ毎年「オープン・ミュージアム」というプロジェクトを実施しています。このプロジェクトは、他分野とコラボレーションした展示やプログラムを行うものです。今回はゲーム制作会社ですが、過去には音楽バンドや料理人、漫画家等異分野のアーティストと活動を行ってきました。10年近い取り組みは、大衆的なアートと高尚なアートとの壁を取り払い、敷居が高いといわれがちな美術館に新しい人々を呼び込むことに成功しています。

ゲーム制作会社にとっては、制作時のこだわりを伝えるアピールの場となっています。ゲームに登場するような所蔵品をもっている美術館にとっては若者の関心を高めるきっかけとなり、双方に良い影響を与えているといえます。

Palais des Beaux-Arts de Lille / フランス(リール市) / 開催時期 2023年4月13日~9月25日 / ゲーム制作会社 AnkamaSpiders

科学館を地域のだれもが訪れ、楽しめるゲーム・コミュニティの拠点に

セントルイス・サイエンス・センター / アメリカ

アメリカの巨大科学館が注目するeスポーツ

アメリカのミズーリ州にあるセントルイス・サイエンス・センターは全米でも規模の大きな科学館です。延床面積約28,000㎡の建物の中に、航空宇宙や自然科学等を中心に展示室が並び、プラネタリウムや3D映画館等も併設しています。同館はSTEAM(科学・技術・工学・芸術・数学)教育にも力を入れており、未就学児から大人まで理科実験やワークショップを展開しています。そこに2020年より加わったのがeスポーツです。

7歳以上の入門クラスから、プロ養成クラスまで。

ゲームをテーマとした常設展示に加えて、幅広い年齢にeスポーツの教育プログラムを提供しています。7歳以上を対象とした60分間のeスポーツを学ぶ無料プログラム「XPセッション」や、10歳以上の子どもたちが有料でPC構築やストリーミングといった専門的な内容が学べる「強化プログラム」、さらにプロを目指す13歳以上の地元学生を対象とした特別プログラムもあります。

プロチーム「SLUH」が同センターで週3回練習や試合を行っており、子どもたちは間近にその様子を見られるのも、面白い点です。

eスポーツはSTEAM教育。教育機会の均等を図る

一般的にゲームは遊びと捉えられがちですが、同センターははっきりと教育と言い切っています。サイトでは「eスポーツは社会性の成長、認知発達、問題解決力や批判的思考、運動技能の向上につながります。異なる年齢や背景をもつ多様なプレイヤーが共に取り組むこともできるのです」と明言しています。常設展示は公式動画から分かる通り、いかにも教育といった格式ばった印象ではなく、ゲームらしく、楽しみながらSTEAM教育を受けられるよう構成されています。

近年、日本でもアメリカでも、習い事やスポーツ、博物館等の体験の機会が、家庭の経済状況によって左右されていると問題視されています。アメリカの科学館は入館料が高額なことが多いですが、セントルイス・サイエンス・センターは入場無料です。ゲームも家庭環境によってはなかなか手が出しづらい金額になることもあるだけに、同センターがプログラムを広く提供することは、地域における体験格差の是正にもつながっているでしょう。同センターが誰もが訪れやすい場所となることで、子どもたちが楽しみながらSTEAM教育を受けるチャンスが広がっていくはずです。

ゲームを「教育」と言い切り、地域住民に向けて無料提供する科学館の姿勢が新しいです。アメリカの他施設にも、そして日本にも、同じ志を持つ文化施設が増えるかもしれません。

Saint Louis Science Center / アメリカ(ミズーリ州) / eスポーツプログラム開始 2020年~ / 入場料は無料だが体験プログラムによっては有料

産業地帯を再活用した没入型テーマパークが拓くハイテク文化産業の未来

首鋼第1溶鉱炉SoRealメタバース楽園 / 中国

製鉄炉とサイバーパンクなデザインが融合した異空間に

中国・北京市石景山地区はかつて市内最大の工業地帯でした。しかし大気汚染が問題視され、北京オリンピックを機に製鉄工場は全面移転。あたり一帯が産業遺構と化しました。その旧工業地帯に、2024年2月、大規模な没入型テーマパーク「首鋼第1溶鉱炉SoRealメタバース楽園」がオープンしました。

北京市の産業史の象徴ともいえる製鉄炉に、最新テクノロジーを駆使したXR(Extended Reality/Cross Reality)の体験施設が入り、産業遺産とXR技術が融合する世界初の施設になります。空間デザインのテーマは「宇宙探索」で製鉄炉のメタルな質感と、SFのサイバーパンクなデザインが見事に融合しています。施設画像はこちらです。

北京市の「第14次5か年計画」の一環

本プロジェクトは北京市による「第14次5か年計画」の一つとして進められ、上海ディズニーランドのVR体験施設を手掛けたスカイ・リミット・エンターテインメント社等が推進しています。建築面積は約22,000㎡で、VRゲーム、VR博物館、没入型シアターや没入型レストラン、ショッピング等が楽しめるようになるといいます。2023年11月末にはテンセントのeスポーツ大会決勝戦が開催されました。動画付き記事から施設の様子も垣間見えます。

同地域は国家ハイテク(高新技术)産業開発区であり、近年はゲームやアニメ等の企業が集まる「中関村 SF産業イノベーションセンター」等のクラスターが誕生しました。工業地帯からハイテク文化産業の集積地帯への転換が着々と進んでいます。今回の没入型テーマパークもクラスターに所属する企業が作品をお披露目したり試験的に顧客に公開したりと、ショーケース的な役割を果たすともみられています。歴史的な産業地帯がゲームを含む新産業でどのように生まれ変わるのか、注目が集まっています。

まとまった空間がある過去の工業地帯を壊すのではなく、サイバーパンクな景観を活かしつつ、国家が推し進める「ハイテク文化産業」の集積地帯へと活用しました。ゲームを活用したショーケース的な施設づくりは参考になりそうです。

首钢一高炉·SoReal 科幻乐园 / 中国(北京市石景山地区) / オープン 2024年2月

Researcherʼs Comment

ご紹介した事例は、ゲームの緻密な世界観、教育的な効果、先端的な技術等の紹介を通じ、愛好者層に魅力を改めて実感させ、なじみの少ない層に関心を喚起し、文化施設に縁遠かった層を呼び込むなど多様な効果を発揮しています。2006年に仏文化省がビデオゲームを「10番目の芸術」と認めるなど、ゲームを単なる娯楽でなく文化と認める傾向は世界的に確立しつつあります。今後、文化施設でゲームを取り上げる、さらなるユニークな事例が登場するでしょう。(丹青研究所 国際文化観光研究室)


この記事を書いた人

丹青研究所

丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら

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