“働き手を惹きつける”ゲーム企業のオフィス

エンターテイメント |

アニメやゲームなどのコンテンツ産業の市場規模は国内外ともに拡大を続けています。とりわけ、日本のコンテンツの輸出額は2022年には約4.7兆円となり、鉄鋼業に匹敵。外貨を獲得できる産業として期待が高まっています。 勢いづいているコンテンツ産業が疲弊することなく今後さらに成長を続けるには、制作現場の労働環境が一つの重要なポイントになるのではないでしょうか。今回は、労働環境の整備や改善にもつながる、従業員がワクワクするような空間を備える海外のゲーム企業のオフィスをご紹介します。

※このレポートは2024年11月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。

ウェルネス・オフィスで従業員の健康サポート

ツェーデー・プロイェクト / ポーランド

しっかり食事を。ポイント制度を取り入れたカフェテリア

ツェーデー・プロイェクトは1994年創業のポーランドのゲーム販売・制作企業です。代表作品には「Cyberpunk 2077」や「The Witcher」などがあり、2024年上半期の売り上げは前年同期比30.6%増の約1億980万米ドル(約167億9,500万円)で、好調な業績を見せています。

現在、ポーランドの首都ワルシャワにある本社ビルを6階建てのオフィスビルに拡張する工事を進めており、2025年には完成する予定です。こちらの動画およびグーグルマップのストリートビューから、同社のゲームキャラクターの大きなオブジェが出迎えるエントランスや、ゲーム作品の世界観を反映させたミーティングルームなど心躍る空間で構成された現在のオフィスの内部をご覧いただけます。

同オフィスの最大の特徴は、従業員の心身の健康づくりを重視している点です。例えば、カフェテリアでは毎日異なるメニューを提供し、ポイント制度を導入しています。ポイントが貯まると、ショッピングや旅行などの割引クーポンとして利用することが可能。仕事に集中するあまり、食べるのを忘れてしまったということは誰にでもあると思いますが、このように食事に特典をもうけることで、食習慣の重要性を強調することができそうです。また、オーガニック食材を使用するほか、ヴィーガンの人向けのメニューを用意する食堂もあります。

ジムやバスケットコートで運動促進

食生活に加えて、運動習慣も従業員の健康に欠かせません。同オフィスのジムは週7日24時間開いており、プロのトレーナーの指導も受けることができます。ジムのミニキッチンにはサプリメントやプロテインを常備。このほか、クライミングウォールや屋上にあるバスケットボールコートで体を動かすことができます。

禅ルームや屋上エリアでリラックスも

オフィス内外には2,000本以上の植物を植え、緑に囲まれた場所で仕事をしたり、休憩をとったりすることができます。屋上に設置された作業用スペースもあるので、仕事しながらリフレッシュできるかもしれません。また、禅ルームを設置し、ゆっくりと呼吸や心を整える場所も提供しています。

従業員の心身の健康は、生産性の向上や離職防止の観点からも重要です。同オフィスはしっかりと食事をとったり、運動を習慣的に行ったりする機会を増やすべく、オフィス内の環境や制度を整えています。

● CD Projekt / ポーランド(ワルシャワ)/ 2025年に本社の拡張完成予定。拡張後は敷地面積24,000㎡以上、延床面積約80,618㎡の予定。

従業員のクリエイティビティを楽しく刺激する、ブランドイメージを反映したオフィス

ガレナ / シンガポール

休憩エリアにゲームやエアホッケーなどを

シンガポールに拠点を持つガレナは、東南アジアを中心にゲームやeスポーツ、デジタルファイナンスなどを手掛け、ゲーム事業では「Free Fire」や「Arena of Valor」などを制作しています。

2021年には、オフィスを仕事と遊びが調和するような空間にリニューアルしました。社内に休憩エリアをいくつも設置。お菓子やアイスクリームが常備されている「パントリー」、ビデオゲームなどが楽しめる「ゲームコーナー」、そしてエアホッケーやビリヤード、テーブルサッカーなどができる「エンターテイメントコーナー」を用意しています。リフレッシュや社員同士が交流する機能も備わった場所といえるでしょう。

遊び心溢れるミーティングルーム

オフィス内に複数あるミーティングルームからも、同社の遊び心がうかがえます。あるゲスト用のミーティングルームの壁面には、映像を流す数枚のLEDスクリーンをアーティスティックに配置。映像=常に変化し動き続ける自社の作品群のイメージの象徴としており、ゲストへ自社イメージを提示するしくみの一つとなっています。

ほかにも、プログラマブルRGB照明の導入によって、色調を変えて社員が望むムードを作り出すことができる部屋や、カラフルな壁面パネルがピクセルアートのように配置された、ゲームを連想するようなデザインの部屋など、ユニークなものばかり。こちらにミーティングルームの写真の掲載(一部)があります。

仮眠室やマッサージでくつろぐ環境も

休憩には遊ぶだけではなく、ゆったりとくつろぐ空間も必要です。オフィスには、個室に区切られた仮眠室やマッサージルームを設置。マッサージルームでは、従業員は月に2回、専門家の施術を受けることができます。

コンテンツ産業で働く人たちの中には、ゲームで遊ぶことや創作活動が好きな人が多いのではないかと思います。同オフィスは、そのような遊び心やクリエイティビティを重んじた事例といえるでしょう。社内に休憩エリアをつくり、テーブルサッカーやエアホッケーを置くのは大規模な改修を必要とせず、取り入れやすいのではないでしょうか。

Garena / シンガポール / 2009年オープン(2021年リニューアル)

まるでゲームの世界!大ヒット作品を生み出す中国のタワーオフィス

テンセント / 中国

50階と39階のタワーをつなぐ3本の「スカイストリート」

中国の大手IT・ネットサービス企業のテンセントは「We Chat」などのメッセンジャーアプリを手掛けるほか、動画配信サービスやモバイル決済などで急成長を遂げています。イギリスのマーケティング企業カンター「2024年カンターブランド:最も価値ある中国ブランドトップ100」では4年連続で首位。オンラインゲームの分野でも「Honor of Kings」や「PUBG MOBILE」などの人気作品を多数リリースし、世界中から有能な人材を集めているようです。

中国の深圳にある本社ビルは、50階と39階の2棟の高層タワーを、3本の通路「スカイストリート」がつなぐという、まるでゲームの世界に登場しそうなユニークな構造が特徴です。(ビルの外観はこちらの動画から)。ユニークなのは外観だけではありません。3本のスカイストリートはそれぞれ「カルチャーリンク」「ヘルスリンク」「ナレッジリンク」と名付けられ、異なるテーマが設定されています。さまざまなアプローチで従業員の交流を促し、働きがいを向上させるような場所を用意しているのです。

「カルチャーリンク」:従業員が自社の歴史や未来を学べる空間

それでは、3本のスカイストリートを詳しく見ていきましょう。まず地上に一番近い部分は「カルチャーリンク」と呼ばれています。ここは両タワーの2階から5階をつなぐ空間で、同社の歴史や文化、未来計画に関する展示室のほか、講堂、カフェを設置しています。企業の理念や価値観を空間全体で表現することで、従業員の帰属意識を高める狙いもありそうです。

「ヘルスリンク」:スポーツエリアやメディカルセンターで健康をサポート

両タワーの21階から25階をつなぐ「ヘルスリンク」には、従業員の健康を促進させる施設を用意。ランニングコースやビリヤードルーム、クライミングウォールやバスケットボールコートなどのスポーツエリアを中心に、健康に関する相談や理療マッサージなどを提供するメディカルセンター、従業員の交流の場となる中庭や休憩エリアなどを置いています。

ヘルスリンクのほかにも運動できるエリアを設けています。39階建てタワーの最上階には、自然光によって明るく開放感のある屋内プールを設置。プールの温水は、ITコンピューター室で排出される熱を再利用して温度を一定に保っています。

「ナレッジリンク」:知識を共有し、交流することで業務効率アップを図る

両タワーの35階から38階をつなぐ「ナレッジリンク」は、従業員同士が知識を共有し、交流できる場として整備。従業員の学習や情報共有を目的とし、自己成長のための自主学習スペースや研修室、会議室などがあります。また、目的に応じて自由に選べるワークスペースも用意しています。

知識の共有と交流の促進によって、社員一人一人のレベルアップだけでなく、チームワークの強化も期待できそうです。

大企業であるほど、従業員同士の交流や協働、団結を生み出すことは難しくなるでしょう。同社は「どこに、どのように交流を促せるような娯楽、休憩、健康、学習などの機会を作っていくのか」を十分に考えているようです。

TENCENT / 中国(深圳)/ オープン年 2018年 / 延床面積 約27万平方フィート

Researcherʼs Comment

昨今のオフィスは業界を問わず、多様化したワークスタイルに合わせられるように、ワークスペースを自由に選択できたり、リラックスや娯楽といった「働く」以外の機能を備えたりと、さまざまに変化しているようです。その効果には、新型コロナウイルスの影響で低下した「出社率が上がる」などがあるとされています。

ゲームやアニメをはじめとするコンテンツに携わる業界の場合は、そうしたオフィス空間の工夫によって期待できる効果のうち、「ユニークなアイデアの創出」が特に重要だと考えられるでしょう。オフィスでの息抜きや遊びの時間を通して創造性が刺激され、次なる魅力的なコンテンツが生み出されるかもしれません。また、作業スタイルに合わせて選べる柔軟なワークスペースでは仕事に没頭でき、アウトプットのレベルが向上しそうです。さらに、社内コミュニケーションを促すような、皆が気軽に集まれる空間をオフィス内に用意することは、チームの団結を強め、優れたアイデアを生み出すきっかけになりうるでしょう。

加えて、オフィス空間からその企業やコンテンツの魅力をアピールすることで、人材確保につながる可能性も考えられます。オフィスから感じられるクリエイティブな雰囲気が、こんなオフィスで働いてみたいという気持ちにつながる、優秀な人材のリクルーティングに向けた企業ブランディングの一つになりうるでしょう。コンテンツを生み出す企業だからこそ、ワクワクするオフィス・出社して気持ちが高まるオフィスは、新しい人材に向けたアピールだけでなく、毎日働く従業員にとっても、モチベーションが上がる、エンゲージメントが高まるといった効果が期待できます。

今後ますます世界中から注目されるであろう日本のコンテンツ産業。コンテンツを生み出す場であるオフィスの環境を一新することで、業界全体のさらなる発展が望めるほか、企業にとってよい影響がもたらされるはず。今回紹介した海外事例のうち、自社で実践できそうなところをぜひ検討していただければ幸いです。(丹青研究所 国際文化観光研究室)


この記事を書いた人

丹青研究所

丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら

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