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海外のエンターテイメント施設事例からみる「没入体験」の最新トレンド
エンターテイメント施設において、「没入体験の提供」はもはや一過性のトレンドではなく、当たり前ともいえるほど定着しつつあります。没入感はエンタメ体験に当然備わっているものであるとして、そのうえでどうすれば新奇性が出せるか、ゲストが目新しさを感じられる没入のあり方の追求が続いています。本レポートでは、海外の新しいエンタメ施設の数々から見えてきた没入体験のトレンドとその具体的な事例をご紹介します。
※このレポートは2025年8月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。
主人公になる体験・オーディエンスからプレイヤーへ
| ネットフリックス・ハウス / アメリカ合衆国 |
自分で演じる・プレイするスタイルの没入体験が増加
ドラマや映画、キャラクターやゲームの世界に入り込み、自分が主役になって演じる・プレイするスタイルの没入体験が増えています。エンターテイメントには、ただ鑑賞するだけでなく、自らの体験を形作ることに期待が集まっており、インタラクションと主体性がより求められるようになっているといえそうです。
例えば、役を演じながらストーリーを進める体験を提供する施設や、等身大のゲームの世界で遊べる施設などがあります。こうした施設においては、異世界への没入感を高めるデジタル技術の活用が目立つ一方、子どもたちに人気のアニメやキャラクターの世界観を再現している施設は、ジオラマなど物理的な手法を使った空間再現によって効果的な没入演出をしている傾向にあるようです。
Netflix作品の世界に飛び込む体験型施設がショッピングモール内にオープン予定
世界中で人気の動画配信サービスNetflixは、自社の配信作品の世界に浸れる体験型エンターテイメント施設「ネットフリックス・ハウス」を2025年末にアメリカ・ペンシルベニア州フィラデルフィアとテキサス州ダラスの2か所にオープンさせると発表しています。いずれもショッピングモール(「キング・オブ・プルシア」、「ガレリア・ダラス」)の中につくられ、9,000㎡を超える規模になる予定です。また、早くも3番目の拠点として、ネバダ州ラスベガスの大型ショッピングモールBLVDラスベガスにも2027年にオープンすることが決まっています。
Netflixにとって、常設の体験型施設のオープンは今回が初めてです。ネットフリックス・ハウスは、Netflixがこれまでに世界各国でさまざま展開してきた期間限定イベントやポップアップストアなどをベースに、ファンが視聴者としてではなく参加者として作品に触れられる体験を提供します。

気分はまるで人気作品の主人公!作品にインスパイアされたフードメニューも
ネットフリックス・ハウスで楽しめるのは、Netflixの人気作品をモチーフにした体験型アトラクションの数々。アトラクションの内容は、フィラデルフィアとダラスでそれぞれ異なります。フィラデルフィアでは、『ウェンズデー』や実写ドラマ版『ワンピース』、ダラスでは『ストレンジャー・シングス 未知の世界』や『イカゲーム』の世界を舞台とするアトラクションで遊ぶことができます。体を動かして他のプレイヤーと競い合ったり、脱出ゲームの要素があったりと、いずれも没入感たっぷりの体験内容であることがうかがえます。
アトラクションに加えて、飲食を通じた没入体験も。フィラデルフィアとダラスの両施設には、レストラン「ネットフリックス・バイツ」が併設されます。ネットフリックス・バイツは元々、2023年にアメリカ・ラスベガスにオープンした期間限定レストランとして好評を博していました。2025年2月には、アメリカ・ラスベガスのMGMグランドホテル&カジノ内に常設店舗としてオープン。そしてこの度ネットフリックス・ハウスにも登場することが決まりました。ラスベガスでの提供メニューを見ると、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』の作中に登場するピザ店のピザや、『イカゲーム』の舞台・韓国の屋台料理など、どれもファンにはたまらないものばかり。作品をイメージしたカクテルなどドリンクメニューも豊富に揃っています。
● Netflix House / アメリカ合衆国(フィラデルフィア、ダラス) / 2025年末オープン予定。2027年にはアメリカ合衆国・ラスベガスにもオープン予定 / 面積 約9,290㎡以上

最新テクノロジーによる高い再現力の活用
| エルヴィス・エボリューション / イギリス |
高い映像技術やAIが「本物に出会えた」感覚を生み出す
ここ数年で急速な進化を遂げるARや3DCG、AI等を活用することによって、より再現度が高くリアリティのあるコンテンツ制作が可能になってきています。こうした最新テクノロジーは、深い没入感を生み出す装置として重要な要素となっているでしょう。

テーマパークのアトラクションのほか、往年のアーティストにフィーチャーした体験施設における活用が目立ちます。特に、アーティストのライブや楽曲の世界観を再現するコンテンツが増えているようです。このような潮流は、実際には会うことが難しいスターやキャラクターに「会いたい」と願うファンのニーズをキャッチしたものと考えられるでしょう。
伝説のスター・エルヴィスの記録をAI技術で映像化
2025年7月、イギリス・ロンドンのイマースLDNにて「エルヴィス・エボリューション」が幕を開けました。これは、「キング・オブ・ロックンロール」として今なお名高いエルヴィス・プレスリーの生涯を称える没入体験です。イギリスを代表する没入型エンターテイメント企業のレイヤード・リアリティが手がけています。
体験は、史上最高のロックパフォーマンスの一つに数えられる、エルヴィスの1968年のパフォーマンスの再現ショーがメインとなっています。ショーは、大型スクリーンに流れる当時のアーカイブ映像をバックに、パフォーマーたちが生演奏等を披露するという内容です。ショーで流れるアーカイブ映像は、1968年放映のテレビ番組「ELVIS(通称:'68カムバック・スペシャル)」を基に制作されています。番組をそのまま流すのではなく、映像が存在しないエルヴィスの記録をAI技術によって再現・映像化したものが付け加えられていることが最大のポイント。これまでに見たことがないエルヴィスの一場面を目撃できる、貴重な体験といえるでしょう。
エルヴィスが栄光をつかむまでの軌跡をたどり、時代の雰囲気を味わうウォークスルー体験
体験時間は約110分。上述のショーを主軸とするウォークスルー形式となっており、ゲストは楽屋やTVスタジオ等を再現した部屋を巡ります。エルヴィスが田舎の少年だった頃からスターに上り詰めるまで、彼の人生における舞台裏を垣間見ることができるのです。
ショーの開始前・幕間・終了後にはそれぞれ、エルヴィスの全盛期の雰囲気を存分に味わうことができる3つの飲食体験が用意されています。ショー前に訪れるのは、1960年代風のアメリカンダイナー。ホットドックやミルクシェイクなど、古き良きダイナーのドリンクと軽食が楽しめます。幕間には、トロピカルな雰囲気の「ブルー・ハワイ・バー」でひと息。このバーは、エルヴィスの主演映画『ブルー・ハワイ』をモチーフにしており、特製カクテルなどを提供しています。ショーの終了後、一連の体験を締めくくるのは、エルヴィスの故郷・メンフィスの観光局がスポンサーを務める「オール・シュック・アップ」アフターパーティー・バーです。エルヴィスにインスパイアされたバー兼音楽会場となっており、パーティーにぴったりな料理やお酒を飲みながらDJ、ダンスなどのライブパフォーマンスを楽しめます。
● ELVIS EVOLUTION / イギリス(ロンドン)/ 2025年オープン

没入型エンタメを軸とする複合施設づくり
| エリア15 / アメリカ合衆国 |
エンタメ施設の多機能化。施設全体に行き渡る没入感
大型複合施設開発において、エンターテイメント施設が中心的なコンテンツの一つとして展開されることも多いでしょう。海外においては、没入体験を叶えるエンターテイメント施設が拡張した、ショップやホテル、オフィスなどの諸機能も備える大型の施設開発がみられます。
また、幻想的なデジタルアートのショーを共用部で上演したり、ショッピングエリアに没入型アートの展示室を設置したりすることで、施設全体にファンタジーな空間を展開する複合施設などもあります。没入型のエンターテイメントを軸にした複合施設づくりには、そこにいるだけで非日常を味わえるような工夫がさまざまなされているようです。
ラスベガスの「エリア15」では、没入をテーマにした新エリアの計画が推進中
アメリカ・ネバダ州ラスベガスのストリップ付近に位置する、さまざまなエンターテイメント施設やショップが集まった複合施設「エリア15」は、2020年のオープン以来、来場者数が1,500万人を突破しました(2025年7月時点)。エリア15の躍進は続きます。現在、約35エーカー(約141,640㎡)の拡張エリア「ベガス・イマーシブ・ディストリクト」の計画が進んでいるのです。
この拡張エリアには、没入型エンタメ施設をはじめ、200室のホテル、約38,833㎡の小売スペース、約29,728㎡のオフィススペース、585 戸の集合住宅の建設が計画されています。年間350万人の来場者と年間7億9,600万ドルの消費額が見込まれている、期待大のプロジェクトです。
注目の没入型ホラー施設が先駆けてオープン
拡張エリアは段階ごとに少しずつ公開されるようです。初期段階として、「ゾーン2:ザ・ターミナルズ」と名付けられた区画が2025年8月14日にオープン。商業施設、エンターテイメント施設、飲食店が複数展開されるこの区画には、NBCユニバーサルが手がける屋内型ホラーアトラクション施設「ユニバーサル・ホラー・アンリーシュド」が含まれています。この施設は、ユニバーサル・スタジオのテーマパークで開催されてきた期間限定イベント「ハロウィーン・ホラー・ナイト」を常設化したもので、4つのお化け屋敷を中心に構成されています。
『エクソシスト』や『悪魔のいけにえ』といった映画史に残る人気のホラー作品をテーマにしたものや、ドラキュラやフランケンシュタインなど王道のモンスターたちが登場するもの、1930年代アメリカで実際に発生した砂嵐による環境災害をテーマにしたオリジナルストーリーのものが揃っています。

お化け屋敷の他にも、殺人ピエロのジャック・ザ・クラウンとその相棒チャンスによる15分間のショーを開催するバーなど、ホラー要素たっぷりの飲食エリアも充実。多角的な恐怖体験で1年中ゲストを楽しませます。
ほかにも、「ゾーン2:ザ・ターミナルズ」は、過去にパーティー会場として改修された旅客機・ボーイング747を移設してきて没入型の F&B 体験の場として活用するなど、ユニークで魅力的な施設が目白押しの区画のようです。本区画のオープン後は、宇宙をテーマにしたVR体験施設「インターステラー・アーク」(2025年10月オープン予定)や「ミュージアム・オブ・アイスクリーム」(2026年オープン予定)が追加される予定です。
● AREA15 / アメリカ合衆国(ラスベガス)/ 2020年オープン(拡張エリアの第一弾は2025年オープン)/拡張エリアの面積 約141,640㎡

Researcherʼs Comment
以前公開したレポート「海外で人気のイマーシブ(=没入型)体験施設」において、没入体験が当たり前になるにつれてより個性的な施設が増えてくることを予想していますが、本レポートで取り上げたトレンドおよび3つの事例はいずれも、今まさにその通りになっていることを裏付けているのではないでしょうか。
ゲストが物語の主人公になれるネットフリックス・ハウスは、自分の好きなNetflix作品の世界観が忠実に再現されていて、その中に入り込めるのがファンにとって大変嬉しいポイント。配信サービスの枠を超え、人々の心を動かす体験をリアル空間で常時提供することを可能にした今回の施設オープンは、「すべての人にワクワクを何度でも」を謳い文句とするNetflixらしい試みといえるでしょう。オープン後の反響には要注目です。
トレンドの2つ目に「最新テクノロジーによる高い再現力の活用」を挙げているとおり、3DCGやAI等によって現存しないものを再現して見せる事例は、今後のさらなる技術発展と相まってますます増えていくように思われます。エルヴィス・エボリューションの場合は、「AI技術でスターの知られざる姿を映像再現」することで体験に個性を出しています。ハイレベルな再現が可能になった今、「ゲストは何が見たいか・どのような体験を求めているか」の見極めが重要になるかもしれません。
エリア15のCMOを務めるメグ・パーカー氏は、「施設のリピート率の向上には、コンテンツの定期的な更新・変更ができる柔軟性が不可欠」とし、新しい顧客層にリーチするためには拡張性も考慮する必要があると述べています。拡張エリアの全貌はまだ明らかになっていませんが、今わかっている情報だけでも、幅広いニーズに応えた、一度は行ってみたい魅力あふれる場所になることが予想されます。また、単体のエンタメ施設から大きく飛躍して「没入」をテーマに「ディストリクト」として街区をつくる今回の拡張計画からは、没入体験がエンタメ分野の枠を超え、さまざまな分野へと広く浸透していく可能性を感じます。今後、没入体験の提供はエンタメ施設に限らず、ショップやレストランなどにおいても積極的に取り組まれるかもしれません。
本レポートから、エンタメ施設においてさまざまな形での没入のあり方の追求・進化が進んでいることがおわかりいただけたでしょうか。没入体験の提供を考えるうえで、少しでも参考になれば幸いです。
この記事を書いた人
丹青研究所
丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら
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