店舗における差別化ブランディングの海外事例

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店舗のブランディングはあらゆる専門店に共通の課題です。本レポートでは、そのブランドらしさや新規性・意外性を追求し、店内のデザインはもちろん、独自のサービスや体験の提供を通して、他社・他店舗との差別化を図っている海外事例を紹介します。

※このレポートは2024年11月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。

「いつでもファミリーのために」を体現した実験店舗

キアビ・プティット=フォレ / フランス

子育て世代やティーンのニーズを意識した新たな試み

フランス北部の町ヴァランシエンヌのショッピングセンターの一角を占めるキアビ・プティット=フォレは、フランスのファミリー・ファッション・チェーン、キアビ(1978年創業)のパイロットストアです。キアビのスローガンである「いつでもファミリーのために」を体現する実験店舗として展開。

ファミリー向けのお手頃価格な衣料品を扱うブランドとして、子育て世代やティーンのニーズにさらにフォーカスすべく、デジタル面にも力を入れた新機軸のサービスを提供しています。

店内中央に配された充実のサービス空間

店内は見通しのよいレイアウトが特徴的。中央に配置された大きな円形の「キアビ・コミュニティ・サービス」は、有人およびセルフのレジ、水飲み場や充電スポットといった休憩場所、ワークショップやライブショッピング(店員等による生配信動画で商品を紹介し、ECサイトでの購入を促す販売方式)用のスペース、リペアカウンターなどで構成されています。その周りを囲むように「ベビー服」「子ども服(男の子・女の子)」「メンズ」「レディース」「12/21(ティーン)」「デニム」といった商品コーナーを配置し、来店した家族連れがストレスなく自由に買い物できるように工夫されています。また、裏手にはキアビにおける企業の社会的責任(CSR)を伝えるコーナーが設けられており、寄付やリサイクルも受け付けています。

快適で画期的なフィッティングエリア

店の奥にあるフィッティングエリアには、従来型の試着室のほか、おむつ交換台と授乳椅子を備えた「ファミリーキャビン」、自撮りによるSNS発信を想定したネオンライト付きの「ティーンキャビン」が並び、同伴者用の大きなソファも用意。また、このエリアとは別に、売り場の中にはカーテンなし・コートフック付きの「エクスプレスブース」を設け、コートなどの大型アイテムを素早く試着できるようにしています。

これらのフィッティングエリアでは、各室に設置されたタブレットで店内在庫を確認し、サイズや色違いなど希望の品を店員に持ってきてもらえるという嬉しいサービスも。近くには商品のオンライン予約端末もあるので、欠品アイテムの在庫もすぐに確認できます。

あらゆる面からファミリーをサポート

この店舗では、乳幼児を連れて来店した人のための無料貸し出しベビーカーをいくつも用意しています。また、クリック&コレクト(オンラインで注文した商品を実店舗で受け取る買い物方式・仕組み)の自動受け取りボックスが店の入り口付近に設置されているので、時間のない人でもスムーズに買い物を楽しむことが可能です。

このパイロットストアのコンセプトは MVデザイン社との共同開発。「顧客関係・体験・サービス」「デジタル」「企業の社会的責任」という三つの柱に基づいた設計となっています。どこまでもファミリーフレンドリーな店舗のデザインはこちらからご覧ください。

ストレスなく見て回れる広々としたレイアウトと、デジタルコンテンツを取り入れたサービスが、忙しい子育て世代やアクティブなティーンのニーズにマッチ。ブランドの理念を体現したような空間は、競合他社との差別化に一役買っています。

● KIABI Petite Forêt / フランス(ヴァランシエンヌ)/ 2023年オープン / 面積1,680㎡

ファストファッションのイメージを覆すローカル志向の小規模店舗

H&M ミッテガルテン / ドイツ

H&M史上最小のハイパーローカルな旗艦店

ベルリンのミッテ地区にあるH&M ミッテガルテンは、アパレル大手H&M(1947年創業)が仕掛ける新コンセプトの旗艦店。面積は300平方メートルで、H&Mの店舗としてはかなり小規模です。H&M史上最小とされるこの店舗の狙いは、販売量を追求するのではなく、ブランドへの真の愛着を生み出すこと、また、ファッションの最先端であると同時に地域に根ざした責任あるブランドのイメージを打ち出すこと。

単なるモードの発信地ではなく、街の中心部にありながらも安らげる真のリラクゼーション空間を目指しています。

地元ブランドを引き立てる落ち着きと温かみのあるディスプレイ

H&M ミッテガルテンでは、洋服のほか、アクセサリーやジュエリー、インテリアなど、H&M以外の外部ブランドのアイテムも扱います。ヴィンテージ商品を専門とするベルリンの企業、アウトオブユーズのアドバイスのもと、ヴィンテージアイテムも販売しています。

商品の配置には特に注意を払い、落ち着いた温かみのある雰囲気を演出。入口付近には地元ブランドの商品が並び、他の商品についてもミレニアル世代のモダンな美意識にマッチしたディスプレイで高級感と特別感を与えています。

隠れ家のような庭園・カフェとショールーム

店の奥には「ご近所づきあい」をコンセプトとした庭園付きのカフェを併設。ヘルシーな食事やドリンクを提供するほか、クリスマスマーケット、スキンケアコンサルティング、ヨガ・瞑想など、さまざまなアクティビティが催されています。メインの売り場の地下にはデザイナーズアイテムを展示するショールームもあります。一般的なショールームのようにメディア関係者やVIPに限定にせず、一般客に対しても開かれているのが特徴で、今後のコレクションやトレンドを披露する場となっています。

デジタル技術を駆使したパーソナルサービス

店の奥とカフェ横のカウンターに備え付けられたスクリーンでは、デジタル・ルックによるコーディネートチェックも可能。通常のH&Mのウェブショップよりもコーディネートに重点を置いた特別サイトが表示されるようになっており、この店舗ならではのサービスが受けられます。また、フィッティングルームもハイテク化。備えつけの呼び出しボタンを押すとスタッフが着用しているリストバンドに通知されるようになっています。

総勢20名のスタッフは、H&Mの元従業員と、新しく採用されたスタッフとで構成。顧客体験の向上のため、専門のスタイリストが買い物に同行するパーソナル・ショッパーのサービスも提供しています。事前予約制で、スタイリストのアドバイスで購入した商品には10%の手数料が加算されますが、サービスの利用は無料です。

世界的な小売業者であるH&Mにとって、この店舗は「よりパーソナルで地域に密着した存在になるための方法」を模索する試み。H&M ラボ(H&M グループ内の研究開発部門)とH&M ドイツの要望に、デザイン会社のオープン・スタジオが応えました。洗練されたグラフィックやパッケージのデザインも同社によるものです。ローカルな雰囲気の漂う、美しくも挑戦的な店舗の様子は公式フェイスブックインスタグラムからも確認できます。

トレンドだけではなく、店舗のある地域と個々の消費者に寄り添うブランドイメージを発信。意識の高い次世代の顧客に長く愛されるためのブランディングは、各ジャンルの専門店で注目されるテーマとなりそうです。

H&M Mitte Garten / ドイツ(ベルリン)/ 2019年オープン / 面積300㎡(H&Mの標準的な売り場面積は1,700㎡)

老舗ブランドの伝統と現在を伝える旗艦店

リーバイス・シャンゼリゼ / フランス

ブランドの魅力を体感できる空間へと再デザイン

老舗ジーンズメーカー、リーバイス(1853年創業)は2024年、シャンゼリゼ通りにあるパリ旗艦店を移転リニューアルしました。近年リーバイスは、より優れたショッピング体験によるDTC(卸売業者・流通業者や仲介業者を挟まずに消費者と直接取引する販売方式)戦略を加速させています。

この店舗はそのブランド戦略を示すもので、「顧客にリーバイス・ブランドの最も完全な表現を提供すること」を目指して再デザインされました。

「501®」展示と進化したテーラーショップ

まず目を引くのは、リーバイス「501®」をテーマにした展示。1930年代のカウボーイジーンズなどの実物や紹介パネルを通してブランドの伝統を探求できる、ファン垂涎のコーナーです。販売スタッフを「デニム・アンバサダー」にするため、「ブランド&プロダクト・ストーリーテラー」というポストが設けられているのも、この店舗の大きな特徴です。ただ商品を販売するだけではなく、リーバイスの歴史とその細部、目の前の品にまつわる小話を語ることが彼らの仕事です。

その隣のテーラーショップは、お直し・修復からカスタマイズまで「より洗練されたオプション」に対応。専門の資格をもつプロたちがサービスを担当しており、ワッペンやピンを使ったアレンジでジーンズを長持ちさせたり作り直したりするだけではなく、ハンディキャップを抱える顧客の要望にも応えます。

購入プロセスのシンプル化

インディゴブルーを基調とした店内は、地上階・地下階の2フロア構成。地上階には新作、地下階には主力・定番のアイテムが並びます。リーバイスとしては初めて、販売スタッフに在庫確認・販売用のタブレットを携帯させているため、これは欲しい、と思うような商品を見つけたときは、レジに並ばずに即購入することが可能です。

試着室に入ると、昔のキャンペーン広告で彩られた壁と大きな鏡が印象的な広々とした空間が広がります。クリック&コレクトで注文した商品の受け取りもこのエリアで行われます。これは、返品率を減らすという戦略的観点からのもの。オンラインで購入した品もここで試着の上、必要であればその場で商品を交換できるようになっています。地下階の売り場には、型の違いやモデルの着用映像を確認できる多言語対応の小型スクリーンを設け、消費者の一人ひとりが自分に合ったジーンズを選べるようにしています。

パリへのオマージュとさまざまなイベント

地上階と地下階を結ぶ階段では、パリのアーティスト、クエンティンDMRが手がけたデニム風インスタレーションを見ることができます。店内では、年間を通じてアーティストやデザイナー、著名人らによるイベントも開催する予定。誰でも参加できるものから「レッドタブ・ロイヤリティ・プログラム」(リーバイスの会員プログラム)会員限定のものまで、幅広い企画を提供するそうです。

リーバイスの南ヨーロッパ担当ディレクターによれば、このシャンゼリゼ通りの店舗は「世界におけるリーバイスのレファレンスストア」、つまりここに行けばリーバイスの全てがあるような場所となるように設計されています。建築設計デザイン事務所のグロービートリーが、リーバイス側の設計開発チームを全面的にサポートする形でつくりあげました。モードとカルチャーの中心地、パリに誕生した新たな「デニム・デスティネーション」のデザインプロジェクトはこちらから確認できます。公式サイトのPR映像も必見です。

ストーリー性のある内装から商品選びのサポートまで、実店舗にしかできないアプローチで付加価値をプラス。ネット通販が主流になりつつある今、店頭に足を運んでもらうにはどうしたらいいか、さまざまなブランドで応用が効きそうな事例です。

Levi’s® Champs-Élysées / フランス(パリ)/ 2012年オープン、2024年移転リニューアル / 面積1,282㎡

Researcherʼs Comment

消費者との直接的なコミュニケーションが行われる実店舗は、企業等がブランディングを成功させるうえで重要な場所です。明確な狙いをもってデザインされた空間や他にはないサービス・体験は、その店舗はもちろん、自社や自ブランドを他から差別化するためのポイントのひとつといえるでしょう。

キアビが重視しているのは、ファミリー層というターゲットのことを考えたサービスの提供です。今回ご紹介したプティット=フォレ店は実験店舗ですが、「いつでもファミリーのために」というスローガンを徹底的に追及した空間づくりは、同社のブランドイメージを改めて強化しています。H&M ミッテガルテンは、その意外性で注目を集める新世代の旗艦店です。落ち着きのある内装や隠れ家のような庭園・カフェ、パーソナルサービスは、時代のニーズをとらえるファッションブランドとしては当然の挑戦なのかもしれません。リーバイス・シャンゼリゼは、消費者と直に関わり消費者との生き生きとした関係を構築しようとするメーカーならではの戦略的な設備とサービスで他と一線を画しています。ブランドの世界観を表現した空間やイベントプログラムも、新旧のファンを喜ばせるものとなっています。

本レポートでは、感度の高い消費者と関わることの多いアパレル系店舗の事例を取り上げましたが、いずれの場合も、人目を引くデザインというだけには留まらない、トータルな差別化ブランディングを図っていることがわかります。専門店における店舗の位置づけは、企業・ブランドによっても立地条件によっても異なります。ECの普及によりショッピング体験が多様化した現在、消費者に伝えたいブランドイメージをしっかりと定め、ありとあらゆる角度から具体化していくことは、今後ますます必要になってくるのではないでしょうか。(丹青研究所 国際文化観光研究室)

この記事を書いた人

丹青研究所

丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら

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