アジアにおける医療ツーリズム

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医療ツーリズムはコロナ禍で大きな影響をうけたものの、現在改めて需要が拡大し、今後各国において成長が期待されている産業です。特にアジア諸国では政府主導で医療ツーリズム受け入れます政策が実施されており、勢いがあると言われています。ここでは、アジア諸国での医療ツーリズムの受け入れの工夫や病院における事例をご紹介します。

※このレポートは2023年10月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。

外国人患者を対象としたコーディネートサービスの充実

マウント・エリザベス / シンガポール

シンガポール政府主導の医療ツーリズムの振興

シンガポールはいち早く医療ツーリズムに注目し、自国を「アジアの医療ハブ」と位置づけるため、2003年から「シンガポール・メディスン」という戦略を医療業界とのパートナーシップにより開始。シンガポールへの医療ツーリズムを推進し広報する活動を始めてきました。公用語が英語であることに加え、多民族国家であるため食事や宗教施設等の受け入れ体制にアドバンテージがあります。


あわせて近年、外国からの患者向けのサービスセンターを複数の病院内に設置するという国の施策を推進しています。各病院所属のコーディネーターが、外国人患者のスムーズな渡航や受診のためのサポートを行ってるとのことです。

外国からの患者がスムーズに医療サービスを受けるためのサポート

マウント・エリザベス病院は、120か国以上からの外国人患者を受け入れている、シンガポール中心部に2か所の拠点を持つ大型病院です。上記の外国人向けサービスセンターにあたる「ペイシェント・アシスタンス・センター」を設置し、地元の患者も外国からの患者も同様に、適切な医療サービスが受けられるようサポートを行っています。

さらには、国内外の20以上の都市(クアラルンプール、マニラ、ジャカルタ等)に国際オフィスを設置、受診予約等の医療関連の相談のほか、ビザや航空券等の渡航に関する相談、言語や特別な食事等のサポートの相談に対応しています。

国内外の患者の強い要望によるリノベーション

2か所の拠点うち、シンガポールの商業の中心地であるオーチャードに位置する病院では、2023年1月から約3億5,000米ドル規模の大型リノベーションを実施中。ルネッサンスというプロジェクト名のもと、段階的に工事を実施、3年間で完了予定です。国内外の患者からの強い要望により、現在56の個室を112に増やすとともに、エントランスやロビーの改装等を行い、「現代的なマルチ・サービス・ハブ」として生まれ変わるといいます。

政府主導の取り組みとして、各病院が外国からの患者をサポート。エージェントではなく、病院内のスタッフがつなぎ役となってくれることは、患者にとって心強いことでしょう。

Mount Elizabeth / シンガポール / オープン 1979年

外国人患者への分かりやすいパッケージ化したサービス

サンウェイ・メディカル・センター / マレーシア

医療ツーリズムの新興国、マレーシア

マレーシアは、医療ツーリズムの目的地として急成長しています。比較的安価で、質の高い医療サービスを受けられるとして人気です。2011年から2018年まで、10年も経たずに医療ツーリズムで訪れた患者は2倍近くに増加、収益は3倍近く増加しています。2018年には120万人の外国人患者を受け入れました。

コロナ禍での落ち込みはあったものの、マレーシア政府は2021年に「マレーシア・医療トラベル 産業の青写真 2021-2025」を策定し、医療ツーリズムを国の重要な産業の一つとして、コロナ禍からの復活戦略を描いています。

外国人患者へのワン・ストップ・サービスとともに、宿泊などをパックにした健診や手術のパッケージを提供

クアラルンプールの西に位置する都市、スバンジャヤに位置するサンウェイ・メディカル・センターは、マレーシア国内有数の私立病院であり、135か国以上から5万人以上の外国人患者を受け入れています。ウェブサイトを開くと、トップページのイメージ映像では6か国語での問いかけがあり、外国人患者をターゲットに据えていることを大きくアピールしていると言えるでしょう。ウェブサイト全体は英語、中国語、インドネシア語に対応しています。

同病院は、「インターナショナル・ペイシェント・センター」を持ち、外国人患者が医師に受診予約を取る前の相談から航空券やホテルの確保までワン・ストップでサポートしています。インドネシア語、日本語、アラビア語、中国語で相談できるとともに、他の言語についても電話通訳サービスが利用可能です。

さらには、外国人患者向けに、健診、肺がんスクリーニング、人口膝関節手術、PET-CT検査といったサービスをパッケージ化して提供しています。例えば、2泊3日医療ツーリズム・パックでは、同病院での健診、敷地内のホテルでの宿泊、朝食(無料)、SIMカード、病院への送迎、空港への送迎、テーマパークの無料パス、50分間の無料マッサージ券を提供します。

同病院は、不動産開発を中心とするサンウェイ・グループが経営するもので、同社が開発したサンウェイ・シティの一部です。サンウェイ・シティは、病院、大学、ホテル、ショッピングモール、オフィス、テーマパーク等で構成されます。上記医療ツーリズム・パックにおける宿泊施設は敷地内のホテルである等、同地での観光、滞在がセットになっています。

大きく拡大を続ける病院設備

同病院は継続的に増築・改装を実施しました。オープン当初はタワー1棟の施設でしたが、増築を重ね、2023年現在行っている工事が完了すると、計6棟のタワーで構成される施設となります。ファサードの近代化、臨床エリアの拡大、多言語サインの設置のほか、上記のインターナショナル・ペイシェント・センターの設置もその一部です。2023年は女性、新生児、子どもを対象とした新しい12階建ての治療棟を新設する予定とのことです。

不動産開発グループによる病院ということで、健診のパッケージ化は同グループが持つリソースを活用したサービスとなっています。マレーシアにおける医療ツーリズムの急成長を物語る事例です。

Sunway Medical Centre / マレーシア(クアラルンプール) / オープン 1999年

プーケットを世界医療ツーリズム・ハブとして育成する計画

バンコク・ホスピタル・プーケットほか / タイ

プーケットの先進的な取り組みの一つとしての医療ツーリズム

タイ政府はメディカル・ウェルネス・ツーリズムを重要産業として捉え、2021年には医療ビザの発行を承認しました。さらに2022年には、2028年までにプーケットを「世界医療ツーリズム・ハブ」として育成するため、1億3,100万米ドルの投資を行うと発表する等、医療ツーリズムはタイの重要な産業の一つとして位置づけられています。

世界有数のリゾート地として知られるプーケットでは、ガストロノミー(文化と料理の関係を考察すること)の目的地として島をアピールする、島をスマートシティ化するなど、さまざまな先進的な取り組みが行われてきました。プーケット・スマートシティ・プロジェクトでは、無料の高速Wi-Fiの整備や観光客向けのスマート・リストバンド(血圧や体温等を測れるもの。SOSを発信する機能もある)の提供によるスマート観光、監視カメラによる住民の安全確保、IoT技術を活用した排水管理システムによるスマート環境の取り組み等が行われています。医療セクターでは、患者IDシステムを導入し、医療機関の間での紹介や転院をスムーズにしています。

2021年、コロナ禍の移動制限を緩和する際に、タイ国内で最初に外国人観光客を実験的に受け入れ始めたのもプーケットです。その美しい自然やリゾートとしての魅力をアドバンテージとして、医療ツーリズムの振興を次のターゲットとして進化しつづけているようです。

医療ツーリズムを支える施設や設備

現地の病院では、既に医療ツーリズムに向けたインフラや機能の整備が行われています。例えば、プーケットの外国人患者を受け入れる大型病院の一つであるバンコク・ホスピタル・プーケットでは、10か国語以上の言語を話す国際コーディネーションチームを持ち、100か国以上から患者を受け入れています。

同病院のウェブサイトでは、院内の個室の様子と金額を詳細に情報提供しています。最も高級なプレジデント・スイートでは、栄養士による食事のケアやタイ・マッサージが付帯サービスとして提供されます。さらに院内にはカトリック教会の礼拝堂やムスリム向けの礼拝室が設置されています。

大型病院の建設計画が続く

プーケットの世界医療ツーリズム・ハブ化計画が発表されたと同時に、2027年の開設をめざしている国立アンダマン・ヘルス・アンド・ウェルネス・センターの建設が政府に承認されました。国際ヘルス・サイエンス大学、ソンクラーナカリン病院プーケット・キャンパス、国際ウェルネス・センターが整備される予定です。地元の人々が低コストで医療を受けられることともに、外国人患者の受け入れを強化し、医療ツーリズムでの収入を増やすことをめざします。

また、バンコクにある東南アジア最大級の病院、バムルンラード病院もプーケットに最新鋭の医療機器を備えた新しい病院の建設を2023年に公表しています。最新医療を受けるためにはバンコクまで出向かなくてはいけなかった地元の人々に専門的な治療を提供するとともに、上記のアンダマン・ヘルス・アンド・ウェルネス・センターと同じく医療ツーリズムでの外国人患者の利用を想定しているとのことです。

政府が推し進める大型プロジェクト。プーケットはこれまでも先進的な取り組みを行う島としての素地があり、医療ツーリズムの新しい発展が見込まれるエリアかもしれません。

Bangkok Hospital Phuket / タイ(プーケット) / オープン 1995年

Researcherʼs Comment

コロナ禍前から医療ツーリズムは拡大傾向にあり、コロナ禍での落ち込みはあったものの、2023年の観光産業の復活を背景に注目されている産業といえるでしょう。アジアの中では韓国やインドも医療ツーリズムの受け入れに積極的であると聞きます。医療ツーリズムの観光客は通常の観光客よりも長く滞在し、消費も多いことから、各国興味を持つことはうなずけます。上記の事例を見てみると、外国人患者の受け入れに向けては、体制整備が重要な要素であると思われます。患者個人にとっては、コストや医療の質等の面でメリットがあるから渡航してまで外国で治療を受けるわけですが、同時に、滞在ビザ、言語、移動、食事等、乗り越えなければならないハードルもあります。上記の事例にもあるように、それらをワン・ストップでサポートしてくれる人がいれば安心でしょう。

一方で、今回リサーチしていて、医療ツーリズムを推進しつつも「国内の人々、地元の人々にも十分な医療を」と謳っている病院も多くあります。例えばシンガポールの事例では、外国からの患者向けのサービスセンターを病院に設置するという国の施策への対応として、マウント・エリザベス病院は、地元の患者も外国からの患者も同じ「ペイシェント・アシスタンス・センター」でサポートするという形をとっています。医療機関として国内・国外の患者に関わらず、安心できる環境やサービスを提供しているということが患者にとって重要な要素の一つであることは疑いのないところでしょう。(丹青研究所 国際文化観光研究室)

この記事を書いた人

丹青研究所

丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら

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