子ども病院から学ぶ、医療施設におけるアートやデザインの活用方法

ウェルネス |

小さな患者とその家族のためのサービスを追求する子ども病院には、日々の通院や入院生活を少しでも楽にするような空間づくりのヒントが詰まっています。本レポートでは、アートやデザインの力を活用して、利用者が安心して過ごせる環境をつくりだした子ども病院の海外事例を紹介します。院内移動の負担を減らす案内・誘導システムから、患者の行動を促進してそのクオリティ・オブ・ライフを向上させる仕掛けまで、これらの取り組みは、子ども病院に限らず一般の医療施設においても参考になるでしょう。

※このレポートは2024年10月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。

自然を模した「ディスカバリー・トレイル」によるナビゲーション

シアトル小児病院 / アメリカ

機能性とストーリー性を両立させた大胆なデザイン

アメリカ、シアトルにあるシアトル小児病院は、100年以上の歴史をもつ小児病院です。2022年の新ケア棟開設に合わせて、アートワークによる院内の案内・誘導システムを取り入れました。

広大な病院キャンパスは「森」「川」「山」「海」の4つのゾーン(建物)で構成。新たな玄関口となる新ケア棟=「森」ゾーンを出発点として、自然界の小道をイメージした「ディスカバリー・トレイル」で結ばれています。この概念的な経路案内はシアトル周辺の自然環境から着想を得たもので、テーマカラーでの色分けに加え、自然の風景と動物の壁画が各ゾーンを強調するほか、案内標識も同様のイラストで表現しています。

また、メインロビーに設置されたインタラクティブなジオラマとイラストマップで、探検の旅路(館内の経路)と目的地、病院についての理解を楽しみながら深められるような工夫も。鹿、サーモンといった各ゾーンのアイコンを大胆にあしらったエレベーターもストーリー性を感じさせます。

患者である子どもとその家族が治療に専念できる環境づくり

このプロジェクトでは、「森」ゾーンにあたる新ケア棟を中心として、画期的なケア環境の設計及び内装デザインを目指しました。「ディスカバリー・トレイル」を整備した最大の目的は、大規模で複雑な院内の移動をサポートし行き先や行き方に悩む負担を軽減するため。患者である子どもとその家族にとっては、リラックスできる時間やスペースがあり、必要な設備にアクセスしやすいこと、そして、治療が始まり終わるまでの「旅」が容易であることが重要だという考えが背景にあるそうです。

院内の全体像を直観的に把握できるように設計

メインロビーの大きなイラストマップを見れば、各ゾーンのつながりや目的地への最も簡単なルートが分かるようになっています。受付にあるインタラクティブなジオラマのおかげで、小さな子どもでも院内の基本的なゾーニングを理解可能。トレイル沿いには、各ゾーン環境の自然や動物を描いた小窓風のインスタレーション「グラフィックポータル」があり、これらも目印として役立ちます。新ケア棟のアトリウムには、コースト・セイリッシュ(北西海岸先住民)アーティストのショーン・ピーターソンによるアート作品「ストーリー・ポール」がそびえ立ち、「ディスカバリー・トレイル」の世界観と見事に融合。この棟では他にも、数十人の地元アーティストが制作した森の風景や動物たちの壁画を見ることができます。「AIA/AAHヘルスケア・デザイン・アワード」を受賞した革新的なデザインはこちらからご覧ください。

かわいらしくも洗練された、機能的なデザインで院内をナビゲート。広大な病院の中を楽しく分かりやすく案内・誘導するシステムのお手本のような仕組みです。

● Seattle Children's Hospital / アメリカ(シアトル)/ オープン年 1907年開設、新ケア棟の完成は2022年 / 敷地面積、延床面積など新ケア棟の面積 約45,104㎡ / 病床数 407床

院内エンターテイメントエリアを関係者と共同で再設計

クイーンズランド小児病院 / オーストラリア

子どもの成長に欠かせない遊びの空間を再構築

クイーンズランド小児病院は、クイーンズランド州の小児医療を支える公立病院です。元々デザイン性の高い建物とアートワークを活用したポップな内装で知られていますが、さまざまな遊びや体験を提供する6階エンターテイメントエリアのアイデンティティ強化と案内方法の改善を課題としていました。

そこで、2020年から2021年にかけて、このエリアの再設計プロジェクト「ジャーニー・トゥ・ファン」を展開。デザインの力を駆使して、楽しむための場所にふさわしいわくわくする空間に生まれ変わらせました。

遊びに誘うイラストレーションでエリアを案内

エリアの入り口となる2か所のエレベータホールには、バイオフィリック・デザイン(自然とのつながりを感じさせるような要素を取り入れる手法)と、熱帯雨林や田園風景といったオーストラリアの景観イメージを取り入れ、屋外の自然を感じられるデザインに。「リビングツリー」という建物自体がもつ建築上のコンセプトも活かされています。メインキャラクターは色違いの3羽のオウムたち。「キッズゾーン」「スターライト・エクスプレス・ ルーム(工作・音楽・ゲームなどのプレイルーム)」「ラジオ・ロリポップ(ラジオDJの体験スタジオ)」という3つのサービスにそれぞれ対応しています。オウムがもつ陽気さや遊び好きな性格を子どもに重ね合わせたもので、床に点々と広がる色のついた「羽跡」も、足跡をたどるような感覚で楽しめます。

関係者との共同設計がプロジェクト成功のカギ

「ジャーニー・トゥ・ファン」は、QUTデザイン・ラボ(クイーンズランド工科大学の研究機関)との共同プロジェクト。病院関係者、アーティストやデザイナー、建築家を交えたワークショップに加えて、患者へのインタビューや調査研究を行い、その成果をデザインに反映させました。プロジェクトは、2024年に「A'デザインアワード」を受賞。建物の建築や周辺環境との融合、関係者との共同設計と学際的なアプローチが評価されました。遊び心満載のビジュアルはこちらから見ることができます。

充実しているがどこに何があるのかが分かりづらかった「エンターテイメントエリア」の案内標識や動線を、遊び心あるデザインで解決。各専門家や関係者との共同設計で場所の魅力を高め、サービスの利用を促進しています。

Queensland Children’s Hospital / オーストラリア(クイーンズランド)/ オープン年 2014年開設、6階再設計プロジェクトの完了は2021年 / 建物の面積 95,000㎡ / 病床数 350床

遊び、学び、交流しながら病気と向き合える医療施設

プリンセス・マクシマ小児腫瘍センター / オランダ

子どもたちの心と体の「成長」にフォーカス

欧州最大規模の小児がんセンター、プリンセス・マクシマ小児腫瘍センターは、子どもの「成長」中心の医療を提供するために設立された施設です。このブランドアイデンティティとケアのビジョンに合った総合的な内装デザインを追求し、病気を抱える中でも成長する子どもたちの心と体の発達を促すような場所づくりを目指しました。

子どもの意欲を引き出す安心安全な空間

エントランスから病室・治療室、オフィス、研究エリアに至るまで、センター内の空間はオレンジを基調とした明るい内装を徹底。遊びや交流、学びのためのスペースを各所に設けているのが特徴です。

1階「ディスカバリー・スペース」は常時オープンしており、科学館さながらの展示を通して自分の体と病気、その治療法について、保護者や兄弟姉妹、友人と一緒に学べるようになっています。また、MRI 検査を受ける子どもはスタッフと一緒に検査の練習をすることも可能。主治医らがスケジュールを作成し、じっと横たわる、装置の中に入る、音に合わせて体を動かす、といった一連の流れをスタッフと共に予習できます。

3階にある屋内「公園」は、さまざまな患者とその家族たちが交流できる開放的な空間です。体を動かせる遊びの要素やリラクゼーションコーナーが用意されており、各種アクティビティも充実。この他にも、レゴや巨大ブロックとクレーンで遊ぶ「建設現場」、専門家とボランティアが指導する「音楽スタジオ」、ドレスアップやフェイスペインティングを楽しめる「楽屋部屋」、アットホームな環境を提供する「リビングルーム」など、病院の枠をこえたユニークな設備が満載です。

内装デザインを手掛けたMMEK'は、地元ユトレヒトの体験デザイン会社。本施設の内装設計で、世界三大デザイン賞とされる「iF デザイン賞」を受賞しました。デザインの詳細はこちらで紹介しています。

病院では珍しい展示エリアを中心として、子どもの興味関心を引くさまざまな設備・サービスを提供。この場所での医療体験がより良いものになることを目指し、通院・入院生活の質を向上させています。

Princess Máxima Center for Pediatric Oncology / オランダ(ユトレヒト)/ オープン年 2018年開設

Researcherʼs Comment

欧米ではアートやデザインの力で医療環境を改善する取り組みが盛んです。癒しを与える「ホスピタルアート」は日本でも普及しつつありますが、今回ご紹介した子ども病院の事例は、分かりやすさや利用のしやすさ、過ごしやすさといった、より基本的なニーズを満たすことを目的としています。

シアトル小児病院は、小道を歩くような「ディスカバリー・トレイル」で広大なキャンパスの位置関係を分かりやすく表現しました。自然界になぞらえたゾーン分けと経路案内のおかげで、冒険の旅に出るような気もちで病院の中を移動できるようになっています。クイーンズランド小児病院の場合は、キッズフレンドリーな見た目の建物と豊富なサービスが強み。「エンターテイメントエリア」の案内方法をデザインの面から見直すことで、このエリアで楽しみ、遊ぶことを改めて促しています。プリンセス・マクシマ小児腫瘍センターでは、子どもの成長を支え、日々の生活に寄り添うような空間づくりを徹底しています。「ディスカバリー・スペース」のような展示は、大人にとっても学びがあります。明るく前向きな雰囲気の内装は、患者とその家族はもちろん、病院スタッフのモチベーション向上につながりそうです。

どのような医療施設にとっても、利用者が安心して快適に過ごせる環境づくりは欠かせません。幼い患者を楽しい気分にさせるような仕掛けが子ども病院に求められるのは当然ですが、初めて来院するときの不安や、気の長い治療に取り組むときの心理的負担は、大人でも子どもでも同じです。巧みにつくりあげられたアートワークやデザインには、その施設で提供する医療とサービスを適切に伝える力があります。空間的なアプローチを通じて患者の負荷を極力減らし、ポジティブな刺激を与えようとする子ども病院の事例が教えてくれることは多いのではないでしょうか。(丹青研究所 国際文化観光研究室)

この記事を書いた人

丹青研究所

丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら

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