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非日常感を生み出す海外ホテルのデジタル演出事例
ホスピタリティ |
昨今、屋内・屋外問わず、映像やデジタル技術を活用した演出が増えてきています。ホテルにおいても、内部空間の演出手法として映像投影やデジタルアートなどを用いる例がみられるようになってきました。本レポートでは、ホテルの内部空間においてデジタル演出を効果的に活用している海外事例を紹介します。
※このレポートは2025年10月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。
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目次
地元が誇る雄大な自然をモチーフにしたアートでホテルを彩る
| ハイアット・リージェンシー・オーランド/アメリカ |
没入型の空間デザインを手がける企業との提携で共用部を演出
国際的ホテルブランド・ハイアットが運営するアメリカ・フロリダ州オーランドのホテル、ハイアット・リージェンシー・オーランドは、複数のコンベンションセンターに隣接するリゾートホテルです。また、ユニバーサル・オーランドやウォルト・ディズニー・ワールド、シーワールド・オーランドといった主要テーマパークにも近く、家族連れにとっても最適な立地となっています。
当ホテルは2023年に、没入型デジタルアートを用いた空間デザインを手掛ける企業フロート4と提携を結びました。以来、ホテル内で特に人通りの多いロビーやボールルーム、スカイブリッジ(ホテルとコンベンションセンターを結ぶ屋内の渡り廊下)に高解像度の大きなデジタルサイネージを設置し、アーティステックな映像作品の展示をスタート。人で賑わう空間をデジタルインスタレーションとして演出することで、多くのゲストの心にホテルの思い出を印象深く刻み、ハイアットブランドとのつながりを強めることを狙っているようです。
自然の豊かさや活力が感じられる映像作品
展示している映像作品は、当初はコンシェルジュデスクの背面を花で彩る「エバーブルーム(Everbloom)」をはじめとする4点でしたが、2024年7月にロビーでの展示作品が新たに4点追加されました。同じディスプレイを使いながらも、よりバラエティに富んだコンテンツが上映されることになります。いずれの作品にも、フロリダの自然やオーランドの活気ある雰囲気を思わせる要素が取り入れられており、「自然界の調和・人間のつながりの鼓動・現代アートの魅力」を表現しています。
例えば、新たに追加された展示作品の一つである「リーフ(Reef)」は、サンゴ礁の形や生命からインスピレーションを得て制作されたもので、フロリダの多様な海洋生態系を称えています。作品のダイナミックな動きと昼夜で変化する色彩は、空間に活気を与えることでしょう。それぞれの作品はこちらの動画からご覧いただけます。

こうした演出は高い評価を得ており、数々のアワードに選出・表彰されています。世界中から選出された優秀で独創的なデザイン作品を表彰する国際的なデザインコンペティション・ミューズアワード2025では、「体験&没入―没入型ブランド体験(Experiential & Immersive - Immersive Brand Experience)」部門でプラチナ賞を獲得。ちなみに、2025年の同部門のプラチナ受賞施設のうち、ホテルはここのみです。
● Hyatt Regency Orlando / アメリカ(オーランド) / 1986年オープン(「The Peabody Orlando」として、2013年にハイアットに売却) / 客室数 1,641室 / 料金 1泊222ドル(約32,782円)~

客室のデジタルアートで「夜の森」への没入体験を提供
| 21世紀ミュージアムホテル・シンシナティ / アメリカ |
現代美術館を併設するブティックホテル
アメリカ・ケンタッキー州ルイビルに本拠を構えるホテルチェーン・21世紀ミュージアムホテルは、現代美術館、ブティックホテル、シェフが手掛けるレストランの3要素を融合させ、それぞれの概念を広げることで、新しい旅行体験の創出をめざしています。
アメリカ国内に展開する全7拠点のうち、21世紀ミュージアムホテル・シンシナティは、100年もの歴史あるホテルを改装して生まれました。建物は国家歴史登録財に指定されており、現代アートを扱うギャラリーや劇場に囲まれた立地となっています。ホテルにも、24時間無料で開館している現代美術館が併設されています。日常に非日常を注ぎ込み、現代美術への斬新なアプローチを実現させることをモットーにしているそうです。
スイッチ一つで客室が夜の森に変身!
デジタル演出があるのは、客室の一つであるナイトウォッチ・アーティスト・スイート。2024年に新たに設置された客室で、「没入型アートスイート」と称されています。内装を手掛けるのは、アーティストのクリス・ドイル。ディズニーの長編アニメ映画『ファンタジア』の魔法の世界に着想を得た、森をイメージした特注のカーペット、カーテン、壁紙を楽しむことができます。幻想的な雰囲気で日中も十分に魅力的な室内ですが、夜が更けるとこの客室はさらに生き生きとし始めます。
部屋の照明を落とし、備え付けのプロジェクターのスイッチを入れると、幾何学模様や動物のシルエットのかたちをした光のアニメーションが部屋中に投影され、動き始めるのです。室内はたちまち神秘のエネルギーに満ちた夜の森のように。光のアニメーションの様子はこちらの動画からぜひご覧ください。

ナイトウォッチ・アーティスト・スイートは現在、21世紀ミュージアムホテルのアーカンソー州ベントンヴィルとケンタッキー州レキシントンの拠点にも設置されています。ホテルによると、ナイトウォッチ・アーティスト・スイートは単なる宿泊場所ではなく、アートとテクノロジーが融合した没入体験の場であり、ゲストに現代マルチメディア芸術への忘れがたい旅を約束するとのことです。
● 21c Museum Hotel Cincinnati / アメリカ(シンシナティ) / 2012年オープン(現在の名称で)/ 客室数 156室 / 料金 要問合せ
セーヌ川の美しい風景を堪能できるくつろぎのスパ空間
| シュヴァル・ブラン・パリ / フランス |
パリを一望できる、老舗デパートを改修した都市型ホテル
フランスの老舗高級デパート・サマリテーヌの改修によって生まれたシュヴァル・ブラン・パリは、LVMHグループ傘下のホテルブランドであるシュヴァル・ブランが、パリの伝統精神と現代的なエレガンスを融合させてつくった、ブランド初の都市型ホテルです。19世紀につくられた建物のアール・デコの伝統を踏襲した内装は、現代建築の巨匠と呼ばれる建築家ピーター・マリノが手掛けています。
パリ中心部左岸のセーヌ川のほとりに位置し、72室あるすべての客室からパリの美しい街並みを眺めることができる点は、ホテルの魅力の一つとなっています。部屋にいながら、古き良きパリの趣を存分に感じられることでしょう。
ディオールのスパが備える巨大プールには、まるでセーヌ川を漂っているかのような映像演出
ホテルの地下1階には、ディオールのスパが設置されています。スパには、ゲストに合わせた特別なトリートメントを提供するための6つの個室のほか、パリ市内のホテルとしては最大級の全長30メートルの屋内プールがあります。プールの壁面は約50㎡の巨大なLEDスクリーンに囲まれ、セーヌ川沿いのパリの風景をモチーフにした映像作品が映し出されます。

作品は、フランス系イスラエル人のアーティストであるヨラム・メヴォラッチ・オヨラムが制作したものです。作品では、時間の経過とともに変化する空の様子も再現。刻々と移り行く景色が外のリアルな世界とリンクして、本当にセーヌ川を漂っているかのような感覚を得られるかもしれません。ちなみに、プールの水位はセーヌ川の水位とほぼ同じ高さに設定されているそうです。スクリーンに映る映像と、プール槽に敷き詰められた川の流れのようなモザイクタイルの模様が組み合わさることで、空間全体はまるでインスタレーション作品のように。また、プールの天井は鏡張りになっており、モザイクが反射することでより空間の美しさを際立たせています。こちらからプールの雰囲気を感じてみてください。
● Cheval Blanc Paris / フランス(パリ)/ 2021年オープン年 / 客室数 72室 / 料金 1泊朝食付1,950ユーロ(約337,256円)~
Researcherʼs Comment
ホテルの空間演出において、「非日常感」は重要な要素です。旅行中は宿泊先にも非日常感を求める人は多いのではないでしょうか。そのようなニーズに応える手段として、デジタル演出は非常に有効でしょう。
今回取り上げた3事例は、それぞれホテル内の異なるエリアにデジタル演出を導入して非日常感を提供しています。そして、いずれの演出も、ホテル内のエリアの特性にフィットしたものになっているといえるでしょう。
ハイアット・リージェンシー・オーランドは、ロビーやボールルームといった賑わいの空間にぴったりの、活気に満ちた映像作品を展示しています。訪れた人々の心を躍らせるような作品の数々は大変魅力的です。21世紀ミュージアムホテル・シンシナティのファンタジーな客室は、内装とプロジェクションの見事な組み合わせによって、まるで夜の森に迷い込んだかのような感覚を味わえる工夫が凝らされています。客室というプライベートな空間は、没入感のあるデジタル演出と相性が良さそうです。シュヴァル・ブラン・パリは、地下のプールをデジタルアートで彩ることで、「美しい景色の中を泳ぐ」という夢のような体験を実現させています。このような特別な空間を備えていれば、ホテル滞在が旅行の目的になることもあり得るでしょう。
また、今回の3事例においては、ホテルのコンセプトもデジタル演出の内容に反映されているように思います。ホテルが伝えたい思いを目に見えるかたちで美しく空間に取り入れられるのは、デジタル演出の利点です。ゲストに非日常感を与えるだけでなく、ホテル自身の魅力アピールとしての活用も期待できるデジタル演出。効果を最大限に引き出すためには、導入の目的を明確に定めることがカギとなるでしょう。(丹青研究所 国際文化観光研究室)
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この記事を書いた人
丹青研究所
丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら
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