日常を忘れる、コンセプチュアルなホテル

ホスピタリティ |

アメリカをベースとする富裕層向け旅行代理店バーチュオーソによると、2022年に旅行する理由の多くは年齢を問わず、「自宅での日常の繰り返しやストレスから切り離されること」となっているようです。本稿では日常を忘れるようなユニークなテーマ性があるコンセプチュアルなホテルに着目し、世界の事例をレポートします。

※このレポートは2023年3月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。

人気作家の世界観にたっぷり浸る個性派ホテル

ロスカー・ロンドン / イギリス

世代をこえて愛される作家オスカー・ワイルドがコンセプト

ドリアン・グレイの肖像』や『サロメ』、『幸福な王子』などの耽美的・退廃的な作品で知られるアイルランド出身の作家、オスカー・ワイルドロスカー・ロンドンは、そのワイルドをコンセプトに据えた、ワイルドの世界観が体感できるホテルです。

ホテルに用いられている建物は、ワイルドが誕生した19世紀半ばに建てられたネオバロック様式の教会で、イギリスの文化財建造物にもなっています。4年かけて改築され、2018年にホテルとしてオープンしました。

小説の中に迷い込んだような手の込んだ演出

「ホテルは劇場である」という信念のもとデザインされた館内には、ゲストがワイルドの世界観に浸れるよう様々な工夫が凝らされています。

館内のあちこちにワイルドの格言が記されているほか、短編『ナイチンゲールとバラ』にちなみ、490羽以上のガラスの鳥がホテルのそこかしこでお出迎えします。また、古典様式の円柱に挟まれたファサードや、古書が収められた壁一面の本棚、薔薇の花束が飾られたガラステーブルやブロンズ像などを配し、豪華な個人邸宅の趣を演出しています。

ファンなら一度は訪れたいゴージャスな空間

客室にもワイルドの美意識が息づいています。壁は、品のよいセージグリーンやゴージャスな黄色、華やかな赤色など部屋によって異なる色に統一され、どれも非日常感がたっぷり。金糸で飾られた孔雀の羽のヘッドボードや、1930年代の油絵、ベルベットのスクリーン、動物の輪郭を描いた壁掛け椅子、荘厳な暖炉など、贅を尽くした空間には圧倒されるばかりです。

2022年3月には、ホテル事業者のミシェル・レビエ・ホスピタリティが買収を発表しました。「オスカー・ホテル・コレクション」ブランドとして2028年までに10軒展開予定で、ロスカー・ロンドンはその旗艦として位置付けられます。

作家の美意識を丸ごと体感できる仕掛けがたくさん。世界観が徹底的に作りこまれ、タイムトリップのような非日常なひと時が体験できます。

Lʼoscar London / イギリス(ロンドン) / オープン 2018年/ 客室数 39室(うちスイートルーム18室) / 宿泊料金 1泊49 ポンド(560ユーロ)~ / 設置者・運営者 Michel Reybier Hospitality(2022年6月~)

自然豊かな農村にゆったり滞在しながら、地域や特産品を深く学ぶ

スルス・ドゥ・シュヴェルニー / フランス

注目が高まるナチュラル・スロー・ツーリズム

フランスでは、コロナ禍以降、自然豊かな地域に密着した過ごし方をする「ナチュラル・スロー・ツーリズム」が流行しており、バカンスは郊外の農村で地域密着型の滞在を楽しみたいという人が増えています。

そんななか注目されている地域が、葡萄畑の見学や自転車観光ができるサントル=ヴァル・ド・ロワールです。

この地域は2000年に「シュリー=シュル=ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷」としてユネスコ世界遺産に登録されましたが、海も山もない地域であるためか、これまでパラスホテル(5つ星ホテルを超えるフランス独自の称号)が少ない状況でした。しかし2019年から3年足らずの間に3件から約10件にまで、急速に増えています。

なかでも2020年にオープンしたパラスホテル、スルス・ドゥ・シュヴェルニーは、この地域ならではのワインの世界に浸ることができると、ワイン好きの間で話題になっています。雄大な自然とラグジュアリーな雰囲気が感じられる公式PR動画はこちらから。

さまざまなアプローチからワインの魅力に迫る

スルス・ドゥ・シュヴェルニーは、45ヘクタールという広大な敷地を持ち、建物が点在しています。建物は19世紀末に建てられた元4つ星ホテルや中世の集落など、歴史的建造物をリノベーションしています。改築面積は約3,000、増築面積は約2,000㎡だということです。

ワインに関連したサービスが充実しており、ワインの産地として知られるヴーヴレシノンなどの葡萄畑見学に関するコンシェルジュ・サービスを提供するほか、旧セラーを改装したオーベルジュのワインバーでは、ソムリエや生産者も交えたワインのテイスティング・ワークショップを実施しています。さらにスパでは、葡萄の種のエキスを使った「コーダリー」のトリートメントが受けられるなど、様々な角度からワインの魅力に迫ることができます。

新たな取り組みで地域の活性にも貢献

ホテルにはメインダイニングとして、2022年にミシュランの1つ星を獲得したル・ファヴォリがあるほか、家庭的な料理と地元のワインが楽しめるオーベルジュもあり、個性豊かなワインとそれに合わせた食事を堪能できる環境も整っています。

また、土着品種であるロモランタンの新品種を植え、地元のワイン醸造家が収穫・ワイン作りを行うという取り組みもスタート。2024年までにオリジナル銘柄を生産するプロジェクトが進行中です。

中世の雰囲気を感じさせる施設と多彩なサービスにより、ワインの世界に浸ることができるホテル。日本でも、日本酒や焼酎などで応用できるものがありそうです。

Sources de Cheverny / フランス(シュヴェルニー) / オープン 2020年/ 敷地面積 45ha / 客室数 49室(スイートルーム含む) / 宿泊料金 1泊180~630ユーロ / 設置者・運営者 トゥルビエ夫妻(Alice et Jérôme Tourbier)

先住民によってつくられた本格的な異文化体験ホテル

ホテル・ミュゼ・プリミアス・ネーションズ / カナダ

先住民族が運営するホテルが世界的に注目を浴びる

カナダの先住民族が運営するホテル・ミュゼ・プリミアス・ネーションズが、トリップアドバイザーによるアメリカの「2022 トラベラーズチョイス ベスト・オブ・ザ・ベスト」で「トップ・カナダ」を受賞しました。

このホテルは、2008年、ケベック市400周年記念式典を主催したヒューロン・ウェンダット族の文化を保存する目的でつくられたもので、2022年に大規模なリニューアルが行われました。公式PR動画はこちら

各民族が部屋のデザインを監修

施設は主に4つ星ホテルとミュージアムから構成されます。

客室は現在、ヒューロン・ウェンダット族ルームが12室、ファースト・ネイションズ・ルームが2室あり、コンセプトとする民族から部屋が選べます。各民族の文化を尊重するため、デザインは当民族出身者が監修。先住民の女性たちによって手作りされたビーバーの毛皮をベッドに敷くなど、彼らの伝統と美意識が取り入れられています。また、機能的なホテル棟のほか、イロコイ族のロングハウスを再現した施設もあり、よりディープな体験ができると評判です。

ミュージアムは、伝統的な住居ティピーを模した建築が目印です。常設展ではヒューロン・ウェンダット族の歴史について紹介しています。展示の様子はバーチャルツアーから確認できます。ヒューロン・ウェンダット族が使ってきた樹皮張りのカヌーやスノーシューが展示されているほか、敷地内には伝統的なロングハウスも原寸で再現され、プランによってはこの中に寝袋を持ち込み宿泊することも可能です。

ミュージアムやアクティビティでさらに深い学びへ

先住民の文化を体感するアクティビティも充実しています。人気のプログラム「神話と伝説」では、ロングハウスで焚き火を囲み、口承で伝えられてきた神話と伝説を先住民の語り部から聞くことができます。このほか、ヤマアラシの棘のブレスレットや、部族会議で使われる道具を作るワークショップも開催されており、ファミリー層の利用が多数です。
約60人のスタッフのうち、半数が先住民のコミュニティ出身であることも注目すべきポイントです。ケベック州に所在する11の先住民族のうち、7つの民族から集まって構成されています。

先住民の文化継承を目的とした施設はありますが、先住民たち自らが設置・運営しているというのが注目ポイント。物見遊山では終わらせない、よりリアルでオーセンティックな情報発信につながっています。

Hôtel - Musée Premières Nations / カナダ(ケベック)/ オープン 2008年、リニューアル 2022年4~12月 / 客室数 79室 / 宿泊料金 1泊219カナダドル~ / 設置者・運営者 ヒューロン・ウェンダット族

Researcherʼs Comment

ロシアによるウクライナ侵攻、物価上昇など、ネガティブなニュースばかりが目に付く現在、旅行は日常から脱出する手段となっています。このような状況下、ホテルには「理想の生活」を具現化した空間・サービスを提供する「駆け込み寺」のような機能が求められているのではないでしょうか。今回ご紹介した3事例は、作家、伝統産業、先住民族と、三者三様の世界観を展開していますが、いずれも宿泊者が「その世界の一員になった」と感じられるような、徹底された空間デザインやサービスが光ります。中でも歴史的な建物の活用や当事者との関わりなど、「本物にこだわる姿勢」を重視する施設の人気が高まっているように感じられます。(丹青研究所 国際文化観光研究室)

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丹青研究所

丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら

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