労働力不足を解決する海外ホテルのアイデア

ホスピタリティ |

現在、世界的に労働力不足が深刻化しています。人材不足対策には何が有効なのか?米国人材マネジメント協会の調査によると、回答者の60%が福利厚生を重要視し、現在の企業にとどまるかどうかを考慮するとしています。つまり、福利厚生の充実が労働力の確保と維持において重要な役割を果たしていることが示唆されるということです。そこで、本稿では、労働力不足を解決するために海外のホテルが取り組んでいる施策に焦点を当て、その概要や特徴についてご紹介します。

※このレポートは2024年1月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。

フランスの5つ星ホテルが注力するスタッフのためのバックヤード・スペースの重要性

ロイヤル・シャンパーニュ・オテル&スパ / フランス

ホテルさながらの広大なバックヤード・スペース

フランスのシャンパーニュ地方にあるロイヤル・シャンパーニュ・オテル&スパは、4年の歳月をかけて全面的に改修され、2018年にリニューアル・オープンした5つ星ホテルです。「チームの幸福がホテルを成功に導く」という理念のもと、パリのパラス・ホテル(5つ星ホテルを超えるフランス独自の称号)を給与モデルに採用し、充実した福利厚生を展開しています。

中でも特に注目されるのは、3,800㎡を超える広大なバックヤード・スペースです。その様子はスタッフ募集用の公式動画をぜひご覧ください。ここには、スタッフ用の広々としたレストランや専用の休憩スペース、豪華な更衣室やパントリー等、働きやすい環境を整えるための多様な施設が備わっています。

スタッフ一人ひとりの働き方に寄り添う

設備以外にも、スタッフが健やかに過ごせるようなプログラムが満載です。休憩時間が長めに確保されているほか、週1度のジョギング会、爽快な景色を眺めながらのヨガ・クラス等も開催されています。

小さな子どもをもつ親はなるべく午前中の勤務に配置するなど、多様な働き方にも柔軟に対応しており、研修生や季節労働者等が優先して入居できる2棟の寮(12人が滞在可能)も用意されているので、滞在場所の心配も不要です。

スタッフをただ雇うだけでなく、彼らのサポートや内部昇進、スキルアップにも重点を置いています。スタッフ向けに用意された多数のトレーニング・コースは、彼らのモチベーションアップにもつながるはずです。また加盟するシャンパーニュ・オスピタリティ・グループの優待が受けられます。

業界全体でスタッフ不足に悩む中、離職率は12%

取り組みの成果は、数字にも表れています。競合施設がスタッフ不足に悩む中でも、同ホテルでは採用枠がほぼ埋まっており、離職率が12%と低いです。また満足度調査「トラスト・インデックス」においても85%のスタッフが働きがいのある会社と回答しています。「ベスト・ワーク・プレイス・フランス 2020(スタッフ50〜250人部門)」ではホスピタリティ業界で1位に選出されました。

バックヤード・スペースの充実ぶりが、これらの数字に反映されているという直接の言及は無いですが、スタッフの働きやすさを重視した多様な取り組みが功を奏しているのではないでしょうか。

ハードとソフトの両面から快適な勤務環境をサポート。幸福度の高いスタッフが顧客に良いサービスを提供することで、顧客満足度が向上し、ホテルの顧客ロイヤリティが高まる、という好循環が生まれているのではないでしょうか。

Royal Champagne Hotel & Spa / フランス(シャンピヨン) / リニューアル・オープン 2018年(1970年代半ばからホテルとして利用されてきた) / 敷地面積、延床面積等 6,530㎡(施設面積)、3,950㎡(テラス・庭園面積)、1,500㎡以上(スパ)、1,500㎡(ルーフトップテラス、うち500㎡はバラ園) / 客室数47室(うちスイート3室)

スタッフ第一なアメニティ満載!業界最大手が手がける新本社

マリオット・インターナショナル / アメリカ

オフィスビルとは思えない充実のアメニティ

マリオット・インターナショナルは、米フォーチュン誌の2023年版「最も働きがいのある企業100社」で10位に選出されました(ホスピタリティ業界では2位。前年の全体順位は23位)。
選出のポイントは、スタッフへの思いやりを重視し、チームメンバーのニーズに積極的に耳を傾け、より良い働き方の実現をめざしていることです。

特に注目すべきは、2022年夏、アメリカのメリーランド州にオープンした新本社です。
建物は、6年間の計画、設計、建設期間を経て完成した21階建てのビルで、延床面積は約78万5,000㎡。多様なワーク・スペース、託児所(約1,022㎡)、フィットネス・センター(約697㎡)、授乳室、コラボレーション・スペース(約743㎡)、テスト・キッチン(約372㎡)、社員食堂、カフェ、コワーキング・スペース等、驚くほど多様なアメニティを備えています。内部の様子は米ウォール・ストリート・ジャーナル紙による取材動画をご覧ください。

隣接の旗艦ホテルスタッフも本社のアメニティを利用可能

この新本社は、ペデストリアン・デッキを介して旗艦ホテル「マリオット・ベセスダ・ダウンタウン・アット・マリオットHQ」と直結しており、ホテルのスタッフも新本社のアメニティを一部利用できるというのも大きなポイントです。

また同ホテルには、フロア57と呼ばれるプレミアム・ブランドの機能を実地説明できる13室のモデル・ルーム(ゲストの宿泊予約はできない)と小さなワークショップ会議スペースがあり、新入社員が各ブランドの特徴を把握できるようになっています。これもスタッフ育成に力を入れるマリオットならではの仕組みです。

自社サービスを利用できる手厚い福利厚生も魅力

このほかにも、手厚い福利厚生が用意されています。雇用形態や勤務地によって異なるが、飲食代20%割引、スパトリートメント20%割引、リテール30%割引、ゴルフ用品・コース料金30%割引、さらに、勤続25年でホテルの無料宿泊券贈呈等、なかなかの充実した内容です。スタッフが実際にホテルのサービスを利用し、お客様視点で各施設を見ることで、新たな課題やアイデアが生まれそうです。

働くには十分すぎるほどの施設が揃う新本社。勤務環境をさまざまな角度からサポートする姿勢からは、スタッフへのリスペクトが感じられます。

Marriott Bethesda Downtown at Marriott HQ / アメリカ(メリーランド州) / オープン 2022年

元従業員の再雇用を促進するOG・OBのためのポータルサイト

マリオマンダリン・オリエンタル・ホテル・グループ

再雇用に焦点を当てた同窓会プログラム

マンダリン・オリエンタル・ホテル・グループは、コロナ禍の影響を受け、人材獲得戦略を見直し、雇用主のブランディングと人材コミュニティの構築に注力しています。
最近は、質の高い採用実現のため、元従業員ネットワークの活用に着目し、元従業員専用のポータルサイト「フォーエバー・ファンズ」を開設したことでも話題となりました。

専用サイトを通じて元同僚との交流の場を提供

「フォーエバー・ファンズ」は、元従業員が簡単に登録できるように設計されており、ホテル・グループの最新ニュース配信や、元同僚との交流の場提供等、エンゲージメントを高める機能が備わっています。開設の目的は、元従業員とのつながり強化、そして効率的かつ柔軟な採用活動の実現です。

病気、家族の介護、育児等の理由で退職してしまった優れた経験を持つ元従業員が再雇用される機会が増え、組織の人材獲得において競争力を高めることが期待されています。

ポータルサイト利用者は、再就職したい場合に迅速な選考プロセスが採用されるほか、再雇用の際は専用のオリエンテーションを受けることもできるなどメリットはさまざまです。また、ホテルならではのアイテムをそろえたECサイトや、専門家らが登壇する特別イベントへのアクセス、世界中のOG・OBとの交流等、ユニークなサービスも備わっています。

再雇用で採用と新人研修のコスト削減をめざす

これまでマンダリン・オリエンタル・ホテル・グループでは、元従業員のプログラムは整備されておらず、元従業員の採用率はわずか3%でした。これらの元従業員を組織化し、採用率を20%に増やし、採用と新人研修のコストを削減するとともに、従業員のエンゲージメントと定着率を高めることをめざしています。

再雇用を促すユニークなプログラム。優秀な人材の確保だけでなく、採用や新人研修のコストも削減できる OB・OG の再雇用は、今後さらに注目されていきそうです。

Mandarin Oriental Hotel Group

Researcherʼs Comment

海外のホテル業界は、優秀な人材の離職防止のため、スタッフの心身のウェルネスをサポートする福利厚生を充実させる方向に舵を切っています。理想的なお客様ばかりではない職場において、お客様に心をこめて接するには、スタッフ自身が幸せでなくてはいけないとの考え方が主流になりつつあるのではないでしょうか。スタッフから意見を聞き、反映すること、そしてその変化を示すことで、ホテルもスタッフも気持ちよく働けるのではないでしょうか。働きやすくなった環境を求職者や元従業員に知らせる仕組みがあれば、再雇用にもつながるかもしれません。(丹青研究所 国際文化観光研究室)

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丹青研究所

丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら

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