アートやギャラリーを堪能できるハイエンドな海外ホテル事例

ホスピタリティ |

世界にはアートやギャラリーを取り入れた高級ホテルが数多く存在します。アートに囲まれた空間の中、ホテルならではの特別な時間を過ごせるのが、その大きな魅力といえるでしょう。今回は、このように滞在そのものが目的となる世界の「アートホテル」の中でも、他にはないオリジナリティや芸術性、地域性を追求し、個性を発揮している注目の事例を紹介します。

※このレポートは2024年9月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。

欧州初の没入型ホテル:デジタルアートから始まる宿泊体験

グランド・マジック・ホテル / フランス

つくり込まれた世界観が魅力の大型ホテル

フランス、パリ近郊に位置するグランド・マジック・ホテルは、ファミリー層を主なターゲットとする全396室の4つ星ホテル。ディズニーランド・パリのパートナーホテルとして2003年から別の名称で営業してきましたが、2022年のリニューアルに合わせてコンセプトを一新しました。

独特な世界観は、ウェス・アンダーソン監督の映画『グランド・ブダペスト・ホテル』から着想を得ており、ゲストが「魔法のような没入感」に浸れるよう、さまざまな工夫が凝らされています。

各分野のプロが共同で手がける本格的な没入空間

ホテルに一歩足を踏み入れると、赤を基調とした広大なホールが広がり、舞台衣装さながらの華やかなユニホームを着たスタッフたちがお出迎え。入口からフロントへ続く長いロビーは、映像・音・光を組み合わせたマルチメディアの没入空間となっています。

柱や壁をスクリーンに見立て、10時から18時までのあいだ、4つのテーマのデジタルアートを20分毎に上映。「生き生きとしたフランス式庭園」「月明かりに照らされた蛍の飛び交う森」「水の中の世界」「雲の向こうのワンダーランド」という想像力豊かな世界を楽しめます。19時からはショーも開催されます。ロビー奥のカクテルバーを利用すれば、ドリンクを飲みながら光と音のスペクタクルの中にゆったりと身を置けます。

さらにこのホテルには、ムッシュ・モーリスという名前の架空のオーナーが存在します。彼の姿はロビーの「動く肖像画」に映し出されるほか、トレードマークの口ひげやシルエットが至るところでモチーフとして登場します。こちらの動画から探してみるのはいかがでしょう。

これらのデジタルアートは、モントリオールに本拠を置く話題のアート集団モーメント・ファクトリーが制作。多様な分野の空間デザインとインテリアを手がけるテトリス社、及び内装を専門とするメゾン・ニュメロ・ヴァン社と共同し、楽しみながらくつろげる没入空間をつくりあげました。

ファミリーフレンドリーなサービスと設備

客室は星座をテーマにしたポップでカラフルなデザイン。二段ベッドが配された部屋もあり、子どもたちがわくわくするような仕掛けが満載です。宿泊料金は比較的リーズナブルですが、一般客室のほかにも、広々としたスイートルームやファミリーコネクティングルームを用意しています。ゲームコーナーや、館内プールの子ども用エリアなど、家族連れのための設備も充実しています。

リニューアル後はディズニーの「パートナーホテル」ではなくなりましたが、今も提携は続いており、往復シャトルバスの運行や入場券の購入手配などのサービスを行なっています。テーマパークの利用者・リピーターの多くがファミリー層であることを考えた、個性的であると同時に気取らないアートホテルといえるでしょう。

本格的なデジタルアートで非現実の世界に引き込む、エンタメ要素満載の施設。ターゲットとコンセプトを絞ることで、よりディープな世界観の演出に成功しました。

● Grand Magic Hotel / フランス(パリ)/ リニューアル年 2022年 / 客室数 396室 / 価格 1泊朝食付 約17,300円(107.20ユーロ)〜

厳選された作品とイベントで最高水準のアート体験を提案

ザ・シーフ / ノルウェー

日常を離れて、美術館とは異なる角度からアートを愛でる

ザ・シーフは、ノルウェー初の6つ星ホテルと評される超高級志向のアートホテルです。ノルウェー国立美術館の初代館長を務めたアーティスト、スネ・ノルドグレンがアートキュレーションを担当しました。

「シーフ(盗賊)」という風変わりな名称ですが、このホテルのキャッチフレーズは「日々の生活からあなたを奪う」というもの。つまり、アートの力で日常とは異なる世界に連れ出そうというねらいがあります。スネ・ノルドグレンによれば、アートホテルに求められるのは「宿泊客に考えさせるような体験を提供し、ほんの一瞬でも現実の認識を変えるように誘うこと」。また、アートホテルの魅力については、「美術館に行く人は特別な期待をもって訪問するが、ホテルの宿泊客はあまり気構えないで来館するため、違った方法で作品を体験できる。それがアートホテルの非常に刺激的なところだと思う」と語っています。

隣接する美術館から所蔵作品が貸し出されることも

客室はもちろん館内各所でアート作品を展開し、廊下にはピーター・ブレイク、フロントにはリチャード・プリンス、レストランにはアンディ・ウォーホールの作品を展示。各エレベータにはジュリアン・オピーのアニメーション作品が埋め込まれています。また、客室のテレビには「アートオンデマンド」機能を搭載、部屋でくつろぎながらビデオアートが楽しめるというのもこのホテルならではの演出です。

ヨーロッパ屈指のコンテンポラリーアートの聖地ともいわれるアストラップ・ファーンリー美術館レンゾ・ピアノ設計)と隣接しており、一部の宿泊客は無料で入館可能。ザ・シーフのオーナーが同館の主要パトロンであることから運営面の関係も深く、ホテル内で鑑賞できるアート作品には同館から貸し出された作品が含まれます。

フロントで地元のおすすめデザイン・建築を紹介した地図を配布するというのも嬉しいサービス。また、ラウンジではコンサートやファッションショー、書籍のお披露目会などのイベントも不定期で開催されています。3階に設けられた「シーフ・アートスペース」では、現代アート作品の販売のほか、作品を展示中のアーティストによるトークショーも行われます。『コンデナスト・トラベラー』の読者投票でも選ばれたこのホテルの魅力は、こちらの動画でも紹介しています。

隣接する美術館の協力もあり、より本格的なアートホテルとなっています。そうそうたるアーティストの作品を間近で鑑賞できる、アート好きにはたまらない空間です。

The Thief / ノルウェー(オスロ)/ オープン年 2013年 / 客室数 118室 / 価格 1泊朝食付 約56,300円(NOK3,790)〜

南アフリカの歴史と文化を伝える地域密着型アートホテル

エラーマン・ハウス / 南アフリカ

館内の随所に南アフリカのアートが点在

エラーマン・ハウスは、南アフリカ、ケープタウンにある1903年建造の邸宅を改修してつくられた、ルレ&シャトー加盟ホテルです。スイート2室、ヴィラ2棟を含む全11室の贅沢な空間は、「アート・ワイン・料理・おもてなしを通じて、南アフリカの美しさ、豊かさ、多様性を分かち合うための場所」をコンセプトとしています。

館内では、19世紀後半から現代までの南アフリカやケープタウンの歴史を反映する約1,000点の作品を堪能できます。作品のほぼ全てが南アフリカのアーティストによるもので、館内アートギャラリー、図書室、テラス、ワインギャラリー、廊下、客室など至るところに、大小さまざまな作品が展示されています。宿泊客は小冊子を頼りに自分で自由に見て回ることができるほか、より理解を深めたければ、1日2回行われるガイドツアーに参加するのもおすすめです。

地域の魅力を伝えるアクティビティも豊富

また、ケープタウンのトップギャラリーを巡る4時間のツアーもホテルから手配可能。このほかにも、地元ガイドによる料理ツアーや、葡萄畑やワインセラーの見学ツアーなど、地域の魅力を感じられるさまざまなアクティビティが用意されています。

館内のショップでは、南アフリカでデザイン・制作されたさまざまな作品やアイテムを販売。チャリティーアートオークション「アート・エンジェルス」を毎年開催し、南アフリカの識字率向上に取り組む団体を支援しているというのも特筆すべき取り組みです。

南アフリカの魅力を発信しながら、地域への貢献も意識するサステナブルなアートリゾート。地元の“らしさ”を全面に出すことは、他ホテルとの差別化にもつながっています。

Ellerman House / 南アフリカ(ケープタウン)/ オープン年 1992年 / 客室数 11室 / 価格 ダブルルーム 約115,589円(715ユーロ)〜

Researcherʼs Comment

アートやギャラリーをもつ高級ホテルを宿泊先に選ぶ人は、そのホテルで過ごすこと自体に大きな価値を見出しています。ホテルとアートは相性抜群とはいえ、とくに欧米では、著名なアーティストの作品を飾っているホテルやデザイン性の高いホテル、芸術家・文学者ゆかりの場所にちなんだ美しいホテルは無数にあり、その多くが富裕層を意識しているだけに、業界の競争も激しいといえるでしょう。そんな中、今回ご紹介した特色ある3事例は、誰もが知る有名ホテルにも決して負けない魅力を放っています。

グランド・マジック・ホテルには、唯一無二の世界観があります。館内を彩るアート作品のバリエーションとして現代作家のデジタルアートを取り入れることはありますが、このホテルの場合は、エントランスからフロントに至るフロア全体をエンターテイメント性のある没入空間とし、その先の宿泊体験やテーマパークへの期待感につなげました。ザ・シーフは、名のあるキュレーターが厳選した作品群に加えて、隣接する美術館とのつながりを何よりの強みとしています。ホテルがアート界やミュージアムと積極的に関わる可能性を考えるうえでもヒントになりそうです。エラーマン・ハウスは、地域性を大事にしたアートホテルのお手本のような事例です。ラグジュアリーなリゾートに滞在し、地元出身作家の作品とそのインスピレーションの源になった風景に触れることで、地域への興味関心を自然と高めることができるようになっています。 アート体験の提供を掲げる高級ホテルはこの先も増えていくと予想されます。一口に「アートホテル」といってもアプローチは様々ですが、施設の魅力を十分に伝えるためには、そのホテルならではのこだわりや考え方を定め、はっきりとしたコンセプトを打ち出していくことが一層重要になってくるでしょう。(丹青研究所 国際文化観光研究室)

この記事を書いた人

丹青研究所

丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら

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