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目的地になる地域共生型ホテルの海外事例
ホスピタリティ |
地域貢献や地域との共存・共生に取り組むホテルが増えています。実際、その土地の文化や自然環境なくして観光業は成り立ちません。また、地域と積極的に関わり合い、地域の人々に広く受け入れられていることは、そのホテルが選ばれる理由となり得ます。本レポートでは、地域のための/地域に根ざした場所づくりを追求し、それゆえに目的地となっている海外のホテル事例を紹介します。
※このレポートは2024年11月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。
目次
持続可能な観光のためにつくられた小さな島の上質なホテル
フォーゴ・アイランド・イン / カナダ |
地域とともに創り、ともに生きるためのイニシアティブ
カナダ東端、ニューファンドランド島に隣接する人口約2,500人の小島、フォーゴ島にあるフォーゴ・アイランド・イン。このホテルは、島出身の女性実業家が手がける地元慈善団体、ショアファストが主導する事業です。持続可能性と自然・文化への敬意を原則とし、同団体のプロジェクトやプログラムを介して営業利益の100%が地域社会に再投資されるという画期的なシステムを構築。ルレ&シャトーに加盟しており、ミシュランキー2024の3キー(最高ランク)にも選出されています。
地域との共存・共生を徹底しており、ホテルの設立時には島民に声をかけ、彼らの生活スタイルを崩さずに観光業で地域経済を活性化させるためのアイデアを募集。オープン時には島民全員に無料宿泊を提供しました。帰郷者・退職者を含む地域住民の雇用を生み出すことも施設の目的のひとつとしています。
建物は釣り小屋を現代風にアレンジしたデザインが特徴的で、全室オーシャンビューの客室のベッドや椅子など調度品はすべて地元の木材を使用。それらのほとんどを島内で手作りしており、キルトも島の女性たちの手によるものだといいます。食料資源も活用し、厨房で使う食材の8割を島内で調達、残り2割も可能なかぎり伝統的な取引先から調達する「80/20」ルールを掲げています。

ホテルの理念をゲストと共有する多様なサービス
島民と宿泊客をマッチングし、島についての案内や地域の文化・伝統の紹介を行う「コミュニティ・ホスト」というプログラムが画期的。この島を知り尽したコミュニティ・ホストによる半日のオリエンテーションツアーという形で、自然や文化、海洋、アートに関するさまざまなアクティビティ(地質学ガイド付きハイキング、ベリー摘みとジャム作り、ボート釣り、スノーシュー、スノーモービル、サイクリング、焚火など)を提供するもので、体験内容は宿泊客の好みに合わせてカスタマイズされます。これらのツアーや島内での飲食代は一部を除くすべてが宿泊料金に含まれます。
最高級クラスの宿泊料金ですが、その行方を「経済の成分表示」で明示しているのもこのホテルならでは。これは、価格設定の透明性を確保するためにショアファストが開発したオリジナルの認証ラベルです。商品の成分表示ラベルのように消費者に判断材料を提供しようというもので、公式サイトの料金案内ページや館内フロントで見ることができます。「宿泊客が支払うお金はどこに流れていくのか」「何のために使われているのか」を具体的な数字を通して示しているので、このホテルを選ぶことが島の将来に貢献するということを誰もが実感できるでしょう。
団体の活動はさまざまな角度から島を支えている
創業者のジータ・コブは、持続可能な観光について、「観光が唯一の産業であってはならない」「観光は地域のサイズとやりたいことにふさわしい規模でなければならない」という考えをもっています。ショアファストは、自分の育ったコミュニティに恩返しをするためにコブが2004年に立ち上げた慈善団体。このホテル事業の他にも、中小企業向けマイクロローン基金、学術研修プログラム、歴史的建造物の保存プロジェクトを手がけており、さらにソーシャルビジネスとして、島で獲れた魚介類の卸売やフォーゴ・アイランド・インで使われている家具・織物の製造販売などを行っています。
「ショアファスト(shorefast)」とは、島の伝統的なタラ漁で使う道具のこと。コミュニティと文化を守るシンボルとして、この名称が選ばれました。滞在することに価値がある美しい島とそのホテルの様子を公式動画集からぜひご覧ください。
● Fogo Island Inn / カナダ(フォーゴ島)/ オープン2013年 / 設置者・運営者Shorefast / 客室数29室(内、スイート7室)/ 宿泊料金1泊1,975カナダドル(約218,000円)〜
多国籍エリアの魅力にあふれた地域貢献ホテル
バベル・ベルヴィル / フランス |
パリの中心から外れたローカルエリアに建つ
バベル・ベルヴィルは、移民の多い下町エリアとして知られるパリ20区、ベルヴィルに位置するホテル&バー・レストラン。観光客と地域住民の両方をターゲットにしており、ベルヴィルとそのコミュニティのプロモーションに取り組んでいます。

持続可能性を重視し、地域住民や社会的弱者のための取り組みに尽力しているのが大きな特徴。環境に配慮したホテルとして、国際的なエコラベル「グリーンキー」認証なども取得しています。
草の根的な貢献活動と地域の魅力のPR
生活の質の向上や社会的孤立の防止を目的として、地域住民を優先的に雇用。難民などを受け入れる緊急用宿泊室を用意し、関連する支援団体との長期的プロジェクトにも取り組んでいます。ベルヴィルを含むパリ市内で調達した食材を使った多国籍料理は、地区のエキゾチックな雰囲気ともマッチしていると好評。地元団体の協力による北アフリカの伝統的な家庭料理が提供される土曜のランチも人気です。社会復帰が必要な人や難民のための料理教室を行っているというのも、地域貢献への前向きな姿勢が感じられます。
館内には、ベルヴィル出身アーティストたちの作品を展示。スタッフが作成した散策ガイドでは、ストリートアートやアーティストのアトリエ見学などを提案しています。また、ベルヴィルとその歴史を伝える音楽&ポッドキャスト「バベル・ラジオ」が、バー・レストランや共有スペースで流れているのもユニークです。
地域にゆかりのあるメンバーが創設
この事業は、ホテルグループマイホテルズの創設メンバーであるジョリス・ブリュネールと、フランス系アフガン人シェフのクレール・フェラル=アクラムが共同で立ち上げたもので、独立系投資会社も協力しています。ブリュネールはベルヴィル在住。流行や既存の価値観にとらわれず、自身の価値観とホスピタリティの理念、そして地域全体の価値観を反映する場所としてホテル・ベルヴィルを構想したのだそう。
「バベル」という名称は、アーティストのアトリエやナイトバー、ハラール肉屋、シナゴーグ、アジア系スーパーが林立するこの地区の多国籍・多文化な雰囲気にちなんだもの。客室からバー・レストランに至るまで、シルクロードをコンセプトとした内装で全体の一貫性をもたせています。地域の魅力を取り入れた独創的な空間はこちらの動画からも垣間見ることができます。
● Babel Belleville / フランス(パリ)/ オープン2021年 / 設置者・運営者Babel Hôtel-Bar-Restaurant / 客室数31室 / 宿泊料金1泊150ユーロ(約 25,000円)〜
地域に根ざし、地域と関わり続けるサステナブルリゾート
コナ・ビレッジ ローズウッド・リゾート / アメリカ |
環境にまつわる各認証の基準をクリアする建築
ハワイ島、カフワイ湾の海岸沿いに建つコナ・ビレッジ ローズウッド・リゾートは、ローズウッド ホテルズ&リゾーツが手がけるサステナブルでソーシャルグッドなリゾートホテル。東日本大震災時の津波で壊滅的な被害を受け、無期限閉鎖のまま手つかずとなっていた初代コナ・ビレッジを再生させたもので、建築レベルでも土地に負担をかけないホテルを目指しています。
100%太陽光発電を取り入れるなど、複数の建物をLEEDゴールド認証(建築物の環境性能を評価する認証制度)に準じて設計。TRUE認証(廃棄物ゼロを目指すための認証制度)やSITES認証(ランドスケープのサステナビリティを評価する認証制度)の取得も目指しており、達成されれば3つの認証を得た世界最初のリゾートとなります。

地域の文化に根ざしたデザイン
150棟のゲスト用「ハレ」(ハワイ語で「家」)の茅葺き屋根には、現地の植物ではなくリサイクル素材を使用し、過去の要素を活かしつつ島の自然に配慮しています。また、海やラグーンを望む「ハレ」をレストランやスパ、フィットネスセンターといった共有空間で囲むレイアウトは、「オハナ」(ハワイ語で広義の「家族」)がコンセプト。客室や敷地内のアートは全てハワイ出身又は在住のアーティストに依頼するなど、ハワイの文化に根ざしたデザインがゲストの旅情をかきたてます。
自然や文化に最大限のリスペクトを
持続可能性とハワイ理解に重点を置いた子ども向けアクティビティのほか、敷地内にある文化センターでは、古代の岩絵の見学ツアーやウクレレなどの初心者向け教室といったさまざまなプログラムを提供。海洋体験プログラム「キロカイ」(ハワイ語で「海の散策」)では、楽しみながらカフワイ湾への敬意と理解を深めることができます。
現地コミュニティとは緊密な協力関係にあり、村の直系子孫らによる文化委員会が組織されています。営業を再開する前には引継ぎの儀式が行われ、海まで注ぐ湧水を混ぜた飲み物を子孫たちとリゾートのマネージャーたちとで分け合ったのだとか。
また、ローズウッドは、それぞれのロケーションの歴史・文化・感覚を反映する「センス オブ プレイス®」という哲学を掲げています。本事例もこの企業理念から導かれたものであり、地域の遺産と文化、自然環境を着想源とし、この土地が持つ数世紀に及ぶスチュワードシップ(資産を預かり責任を持って運用すること)の伝統を引き継ぎ、讃えるようにデザインされています。トラベル+レジャー誌も評価したサステナブルリゾートの様子はこちらの動画から見ることができます。
● Kona Village, A Rosewood Resort / アメリカ(ハワイ)/ オープン1965年、リニューアル2023年 / 設置者・運営者Rosewood Hotels & Resorts / 客室数150室 / 宿泊料金1泊2,500ドル(約384,000円)〜
Researcherʼs Comment
観光業はその土地の文化や遺産、自然の美しさに大きく依存しています。多くの人々を迎え入れるホテルにとって、地域との共存・共生に取り組むことは、地域に愛されるうえでも、観光客に選ばれるうえでも、必須となりつつあります。
フォーゴ・アイランド・インは、ホテルと地域の共存・共生に先鞭をつける存在です。定番の観光地というわけでもない、僻地ともいえるロケーションですが、立ち上げから運営に至るまで100%の地域還元を実践することで、このホテル自体が旅の目的地となるような上質な滞在体験を提供しています。パリのバベル・ベルヴィルのように、独創的なコンセプトで人気を集める地域貢献ホテルもあります。エキゾチックな内装や多国籍料理、さらには音楽&ポッドキャストで地区の魅力を伝えるだけではなく、地域住民や社会的弱者のための活動を行う姿には大きな説得力があります。コナ・ビレッジ ローズウッド・リゾートは再出発したばかりの新しい施設ですが、さまざまなリゾートホテルが居並ぶハワイの中でも先進的なアプローチが目を引きます。地域社会との関係が希薄になりがちな大型ホテルチェーンが共存・共生に取り組む可能性を考えさせてくれる事例です。
世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)が発行しているガイドライン「持続可能なホテルの基本事項(通称Basics)」では、全12項目の行動基準のひとつとして、「地域社会への貢献」を推奨しています。持続可能なホテルを実現するためには、環境負荷の削減やエコの取り組みはもちろん、ホテルがある地域とそこに暮らす人々のためのアクションが欠かせません。そうした努力はそのホテルにしかない付加価値を生み、そのホテルそのものを目的として訪れたいという気持ちを引き出してくれるでしょう。(丹青研究所 国際文化観光研究室)
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丹青研究所
丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら

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