体験価値向上のための空港における公園・庭園の活用

まちづくり |

各国各地の空港がサービスの多様化や体験価値の向上を進めているのは周知のとおりです。人々は空港においてどのように過ごしたいのか、どのような空間を望んでいるのでしょうか。各空港がさまざまに試行錯誤をするなか、今回は空港に公園や庭園の要素をとりこむ事例に注目しました。公園、庭園と言っても、それぞれ違う方向性で展開する下記の3つの事例をご紹介します。

※このレポートは2023年9月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。

出発前のリラックスタイムを提供

スキポール国際空港 / オランダ

セキュリティ・エリア内の公園空間「エアポート・パーク」

オランダ・アムステルダムのスキポール国際空港では、2011年に「エアポート・パーク」と称する公園空間を屋内に設置。これはセキュリティ・エリア内に備えられたもので、乗客が飛行機への搭乗までの時間をリラックスして過ごせるよう設置されたものです。

10年以上前に設置されたこの施設は、空港内で公園のような演出を行う最初の事例だろうと、当時の記事で語られています。

まさに公園を模した環境演出

エアポート・パークのエントランスには、樹齢130年の本物の木が設置されています。別の場所で伐採されそうになった木を引き取り、空港内に植えることとなったようです。施設内の壁面には、世界の公園の映像を投影し、鳥の鳴き声や自転車の音などが聞こえる演出を行っています。丸太を模したベンチ、リクライニング・チェアやソファ等が備えられており、利用者は座ってゆっくりする、本を読む、昼寝をするなどして過ごすことができます。カフェやショップも併設され、お菓子を持ち込んでピクニックができるとのことです。

搭乗を待ちながらエクササイズもできる

くつろぐだけでなく、旅の終わりに身体を動かして日常生活のリズムを取り戻したい人向けのエクササイズ用のバイクも設置。漕いだ分だけ携帯が充電できる設備も備わっています。隣接して屋外テラスも設置され、本物の植栽に囲まれた空間にツタで装飾された木のテーブルとイスを配置。緑の中で離着陸の飛行機を眺めながらくつろぐことができます。

空港の中に本物の植栽、公園的要素を本格的に取り込んだ先駆け的事例です。飛行機を利用する乗客へリラックスできる時間を提供するというサービス向上に注力したものとなっています。

Amsterdam Airport Schiphol / オランダ(アムステルダム) / オープン 1919年(民間空港としての開港)、2011年(エアポート・パーク設置) / ターミナル面積 約650,000㎡ / 運営者 ロイヤル・スキポール・グループ

空港を旅行中の一つの目的地としてとらえた、贅沢な演出

ドーハ・ハマド国際空港 / カタール

サッカー・ワールドカップに合わせて拡張した中央ロビー「オーチャード」

2014年に開港したドーハ・ハマド国際空港は、ワールド・エアポート・アワードで2022年に「世界最高の空港」として選ばれました。受賞時期と同じくして、2022年に行われたカタールでのFIFAワールドカップに合わせて、同空港はメイン・ターミナルを約125,000㎡拡張。

ターミナルは年間5,800万人の利用者がシームレスに空港内を移動できるようリニューアルされ、ターミナル全体の面積は約725,000㎡となっています。

この拡張プロジェクトの目玉は、新しい中央ロビー「オーチャード」です。オーチャード=果樹園と名付けられたこの空間は、空港のノース・プラザに設けられ、約6,000㎡の大規模な庭園、店舗、レストランで構成されています。同拡張プロジェクトについてのプレスリリースでは、オーチャードが旅行者にとって、旅の一部として素晴らしい目的地となると語っています。

豊かな緑に囲まれた気持ちのよい、かつ迫力ある空間

もともと、同空港は乗客の流れ、スムーズでシームレスな流れなど「流れ」をテーマとし、水辺をテーマに、水をモチーフにしたデザインが随所に取り入れられています。これに加え、このオーチャードでは、300本以上の樹木と25,000本以上の植物が植えられ、滝の演出、グリッド状の天井からの自然光により、気持ちのよい空間となっています。

オーチャードの周囲には約1.2kmの帯状ディスプレイがめぐり、毎時間、花や動物、カタールの砂や蜃気楼の風景を映し出しています。徹底した庭園演出がなされ、豊かな緑に囲まれる大規模な空間は利用者に迫力を持って対峙していると言えるでしょう。

オーチャードに隣接してルイ・ヴィトンがラウンジをオープン

2023年5月には、ルイ・ヴィトンが、オーチャードを一望できる位置にブランド発の空港内ラウンジをオープン。ルイ・ヴィトンのブティックの2階部分につくられ、ミシュラン三ツ星シェフ、ヤニック・アレノ氏によるダイニングを中心としたラウンジとしています。カタール航空と共同で設置したものであり、ファーストクラスやビジネスクラスの乗客が利用できます。ラウンジ内にも植栽を多用し、オーチャードと調和した空間となっています。

カタールでのサッカー・ワールドカップを契機に、成長を続ける同空港。ドーハ・ハマド国際空港を一度使ってみたい、魅力的な庭園空間を見てみたいと、空港自体が海外からの観光客をドーハへ誘引する一助になっていると言えるのではないでしょうか。

Hamad International Airport / カタール(ドーハ) / オープン 2014年 / ターミナル面積 600,000㎡ / 運営者 MATAR

空港内での多様な楽しみを提供

ミュンヘン国際空港 / ドイツ

空港敷地内を存分に楽しめるしかけを設置

ドイツ・ミュンヘン郊外に位置するミュンヘン国際空港の敷地内に、2000年に設置されたビジターズ・パークは、滑走路に隣接し、屋外を中心に展開される公園施設です。子どもが遊べる遊び場、ビジターズ・ヒル、家族向けレストラン、昔の飛行機の実機展示(2023年7月現在改装のため閉鎖中)等を展開。中でもビジターズ・ヒルは約28mの高台にのぼり、滑走路の様子を見学することができるということで人気なようです。

そのほかにも、空港内を1周する約18kmの環境サイクリング・コースを提供。空港の内外で行われている環境保護のとりくみについて学べるしくみも設けています。

季節ごとに楽しめる体験型の演出やイベント

さらに空港利用者の気分を高めるのは、季節ごとに展開される体験型の演出やイベントです。同空港は、第1ターミナルと第2ターミナルの間に屋根付きの広い空間を持ち、そこで多様なイベントが行われます。夏はサーフィン用の屋内プールを設置したり、クリスマスにはスケート・リンクやクリスマス・マーケットを展開したりするなど、楽しいイベントが行われているようです。そのほか、スケートボードの大会が行われたこともあるとのこと。旅行者だけでなく、地元住民にとっても空港がレジャーの目的地となっていることが伺えます。

空港内に地ビール醸造所を持つ

このほか同空港は、空港内に地ビール醸造所があるという珍しい特徴も持っています。1999年から設置されており、世界初の空港内ビール醸造所であるとのこと。醸造した地ビールは空港内のレストラン、エア・ブロイで提供しており、ビールとともに地元バイエルン料理が楽しめます。レストランの中は醸造所の雰囲気が再現され、醸造過程を垣間見ることができるようになっています。また、オープン・エアのテラス(前述のターミナル間の空間に隣接)では屋根付きビア・ガーデンも用意され、空港ならではのサービスとして、「出発前の最後のビール(last beer before takeoff)」=少量のビールをメニューに載せているのも興味深いです。

ビジターズ・パークは地元の人々も楽しめる場所となっているようです。屋内プールやスケート・リンクは空港としては珍しい展開で、より多くの人を引き付けているといえるでしょう。

Flughafen München / ドイツ(ミュンヘン) / オープン 1992年(空港としての開港)、2000年(ビジターズ・パーク設置)年 / ターミナル面積 448,800㎡ / 運営者 フルークハーフェン・ミュンヘン

Researcherʼs Comment

空港内での公園、庭園の展開はシンガポール・チャンギ空港も有名ですが、同空港はシンガポールの都市のコンセプト「ガーデン・シティ」に合わせて開発したとのこと。併設する複合施設であるジュエルの大規模な庭園のほか、ターミナル内にもバタフライ・ガーデンサンフラワー・ガーデンカクタス・ガーデンを設置しています。

「家に帰るまでが遠足」ではないですが、空港での時間も旅の一部。空港は主に旅の始まり、終わりで利用されるものです。空港が単なる通過点ではなく、その土地の雰囲気を感じられ、その時間を楽しめる場であることは旅の質を大きくアップさせるでしょう。

今回ご紹介した事例はいずれも、旅行者の空港での少なくない時間を、リラックスして過ごせる、楽しめる、有効利用できる場として展開しています。このような魅力的な場があれば、空港が旅行先を選ぶ際の動機の一つにもなり得るようにも思います。

これらの事例を見ると、空港全体としてどのような場としたいか、どのようなサービスを提供したいかということが重視されているのではないかということも感じます。ドーハ・ハマド国際空港のように、庭園を核に空港全体がシームレスにつながり、庭園をとりかこむラグジュアリーなテナントと一体化した展開や、ミュンヘン国際空港のようにファミリーで楽しめる、空港でのさまざまな体験を重視する展開は、全体の方針づくりが参考になるように感じます。そしてその方針に沿った空間づくり、サービス提供がその空港の魅力を高めていくのでしょう。(丹青研究所 国際文化観光研究室)

この記事を書いた人

丹青研究所

丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら

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