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オフィスビルの魅力を高めるデジタル演出とは
まちづくり |
付加価値の高い共用部を提供することは、テナントから選ばれるオフィスビルとなるために外せないポイントのひとつです。本レポートでは、エントランスロビーやミーティングルームといった共用エリアをデジタル技術で演出し、入居企業とその従業員にとっての魅力向上、オフィスを訪れる顧客や取引先に対するイメージアップにつなげたと考えられる海外事例を紹介します。
※このレポートは2024年8月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。
目次
地域の日常を表現したオリジナルなアート・インスタレーション
515ノース・ステート / アメリカ |
エントランスロビーはオフィスビルの顔
アメリカ、シカゴのオフィスビル、515ノース・ステートは、建築家・丹下健三氏による大胆で鋭角的なデザインが特徴の建物です。金融街に近く、文化エリアとしても知られるリバー・ノースにあり立地も良好。しかしながら、今となっては無機質な印象を与えるエントランスロビーがネックとなり、十分にテナントを惹きつけられていないことが課題でした。
エントランスロビーは従業員や来客が最初に接する場所であり、ビルの印象を左右する重要な要素。テナントにとっても自社のブランドイメージに直結するため、入居を判断する際の指標となります。そこで、このビルを所有するビーコン・キャピタル・パートナーズはロビーを全面的に改装。テック系のベンチャー企業やメディア関連企業をはじめとして、これまで以上に多様なテナントを呼び込むため、親しみやすくて活気のある現代的なアート空間につくりかえました。
名画のかわりにデジタルアートを
その目玉となるのが、高さ約7メートルのスクリーンに映し出される巨大なデジタルアートです。オフィスのロビーに大規模な絵画を飾る伝統から着想したもので、タイトルは文字どおり「キャンバス」。物理の世界とデジタルの世界を織り交ぜた体験の創出を得意とするESIデザインが制作しました。
このスクリーンでは、街の様々な場所で撮影された映像をもとに、活気あふれるこの地域の絶え間ない動きを抽象画風に表現。名匠ファン・ゴッホやゲルハルト・リヒターなどの画家のスタイルを借りながら、交通機関、川と橋、空、緑地、人々などのイメージを次から次へと描き出しています。今回のために特別に開発されたソフトウェアを使用しており、アルゴリズムによる5,000以上の構図の生成が可能。ガラスのファサード越しに外からも見ることができ、通行人の目も楽しませてくれます。絶えず変化する「キャンバス」の姿は、こちらの動画から確認できます。
● 515 North State / アメリカ(イリノイ州シカゴ) / 1990年代に完成、2017年にデジタル演出を導入 / 29階建 / 総面積約60,480㎡(651,000平方フィート) / ロビーの再整備面積約929㎡(10,000平方フィート)
創造性と協同を促進するダイナミックなメディアウォール
575フィフス・アベニュー / アメリカ |
ロレアル社が単独で使っていたロビーエリアを複数企業のために再デザイン
575フィフス・アベニューは、ニューヨークの一等地、マンハッタンの五番街にある40階建てのオフィスタワーです。1985年に建てられてから約30年のあいだ、化粧品大手ロレアルの本社として使われていましたが、同社の退去にあわせて内部の大規模改装に着手。新たにデザインしたエントランスロビーを中心として、複数のテナントにアピールする高級感のあるビルとして再生させました。
先の事例と同じESIデザイン社が手がけたプロジェクトで、建物を所有する不動産開発会社も同一ですが、アプローチは少々異なります。エントランスロビーの壁と柱をリボン状のLEDスクリーンで演出するというもので、ミッドタウンのエネルギーと思索の時間を融合させるモダンなデザインを通して、クリエイティビティやコラボレーションの源になるような環境をつくりだしています。
ビジネス街の躍動感とクラシカルな洗練の両立
この細長いLEDスクリーンはメディアウォールとして機能しています。美しい映像とインフォグラフィックスを調和させながら、一日に何度も目にする入居者にとって変化があり、興味深いものになるように配慮したといいます。主な表示内容は、株式市場の動向、金融・経済紙からのワードクラウド、ニューヨーク市内のイベント情報や人気アトラクションの画像などですが、金融サービス、不動産、テクノロジーといった様々な業界のテナントの関心に合わせていることがうかがえます。
スクリーンのサイズは延べ約18平方メートル。仮に空間全体に配置したのであれば、情報過多気味で騒がしい印象を与えたかもしれません。しかし大きすぎず小さすぎない優雅な雰囲気のデザインを選択し、壁と柱にも質感のあるハイエンドな大理石を使用しています。リボン状のスクリーンはビルの地層をイメージしたもので、壁の向こう側の大都市ニューヨークとそのエネルギーを、この地層のような画面を通して見てもらう、といった趣向だそう。通りからみるとアートギャラリーと見間違えてしまうような美しい空間は、こちらの動画でも公開しています。
エントランスロビーの改装後、大手シェアオフィスのウィーワーク(WeWork)が、一部フロアの賃貸契約をこのビルと結びました。所有するビーコン・キャピタル・パートナーズは、「ウィーワークは、まさに私たちが誘致したかった先進的で革新的な成⾧企業です」とコメントしています。今の時代に求められる共用部を実現した好例といえるでしょう。
● 575 Fifth Avenue / アメリカ(ニューヨーク州ニューヨーク)/ 1985年に完成、2016年にデジタル演出導入 / 40階建 / 総賃貸可能面積約50,539㎡(544,000平方フィート) / ロビーの再整備面積約199㎡(2,140平方フィート)
インタラクティブな映像で感覚に働きかけるミーティングルーム
コリンズ・スクエア / オーストリア |
大型の壁面スクリーンと水槽のような円筒スクリーン
オーストラリア、メルボルンにあるコリンズ・スクエアは、同国最大級の商業複合施設です。現在は現代的な5棟のオフィスビルで構成されますが、さらに隣接する歴史的建造物を施設の一部として加え、再開発する計画が進行中。パブリックアートにも力を入れています。不動産開発のウォーカー・コーポレーションが手がける物件で、多くの優良企業が本社を置いています。
この施設で特に注目したいのが、オフィスビルの内「タワー5」の最上階31階にあるミーティングルーム。長さ11メートルの平面タイプと全周7メートルの円筒タイプの二種類のLEDスクリーンで空間を彩り、入居企業の従業員や来客といった利用者にイノベーティブな環境を提供しています。メインエリアの壁に広がる平面スクリーンのインパクトもさることながら、水族館の水槽を模したような円筒スクリーンが目を引きます。
アートと情報を融合させたデジタルインスタレーション
投影される映像の共通テーマは、「時間=流れ」。平面タイプでは、インクや水の流れを3Dで再現したモーションアートや、リアルデータを立体的にビジュアル化したデータアートが展開されます。時々登場する「ストーリー・ウインドウ」は、エネルギー使用量削減契約や平日の交通量、オーストラリア最長のトンネルプロジェクトまで、様々な情報を小窓形式で表示します。
円筒タイプのスクリーンはモーショントラッキングセンサーを搭載しており、3Dで生成された魚たちが人の動きに反応する様子を楽しめます。魚の代わりに蝶々や抽象的なモチーフが現れることもあるそう。百聞は一見に如かず。こちらの動画から内部の様子をご覧ください。
地元メルボルンのクリエイティブカンパニー、ベンガ―が制作を担当しました。同社によれば、このデジタル演出で重視したのは、重要なビジネス情報を提供するとともに、観ている人とのあいだにエモーショナルなつながりを生み出すこと。利用者の感覚や感情に訴えかけ、空間とのつながりそのものを楽しめるような穏やかで明るい場所をつくるために、雄大でインタラクティブな映像表現の力を使ったといいます。
● Collins Square / オーストラリア(ビクトリア州メルボルン)/ 「タワー5」は2018年に完成 / 31階建 / 「タワー5」の面積40,000㎡
Researcherʼs Comment
様々な企業の従業員とその関係先の人々が行き交うオフィスビルの共用部には、最大多数の利用者に配慮した機能的かつ印象的な空間づくりが求められます。観葉植物や気の利いたインテリア、ちょっとしたアート作品で飾るのは定番のアプローチといえますが、今回取り上げた3つの事例は、積極的にデジタル演出を取り入れることで他との差別化を図っています。
515ノース・ステートは、大型絵画風のデジタルアートでビルのイメージを刷新しました。周辺地域のイメージを抽象画のように描き出していく「キャンバス」は、デジタルならでは。ひと時のあいだ眺めていたいオリジナルなインスタレーションとなっています。同じエントランスロビーの演出ですが、575フィフス・アベニューは、美しい映像と情報を組み合わせたコンテンツによって、控えめながらも刺激的な環境をつくりだしました。空間全体を装飾するようなリボン状のLEDスクリーンは、遠目にみても洗練された優雅な印象を与えます。コリンズ・スクエアのミーティングルームは、2タイプのスクリーンを駆使した大胆な演出が特徴的。大胆とはいえ、自然や時の流れを感じさせる映像表現には、ビジネスの場にふさわしい落ち着きがあります。来客や仕事仲間との会話の糸口にもなるかもしれません。
オフィスビルのイメージアップを考えるうえで、デジタル技術を使った空間演出はひとつの選択肢となり得ます。ワークプレイスである以上、アミューズメント施設などとは違ったアプローチが必要と思われますが、アートはもちろん、街の風景や自然の風景、実用的な情報すらも組み込んだ自在な演出ができるのはデジタル技術の利点です。その場所本来の機能との適切なバランスを取ることで、ビル全体の価値を高め、入居企業の生産性向上につながるような変化をプラスできるでしょう。
この記事を書いた人
丹青研究所
丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら
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