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海外空港におけるアートの活用事例
まちづくり |
空港の中にアートやミュージアムを設置する試みは、世界各地で行われています。空港の魅力あるいは旅行体験の向上から、国・地域の文化発信、ローカル・アイデンティティの表現、さらには道案内や休息場所といった機能を持たせたものまで、その目的はさまざまです。本レポートでは、各空港それぞれの考え方とアプローチに着目しながら、特色ある海外事例を紹介します。
※このレポートは2025年4月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。
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目次
アート作品とデジタルインスタレーションでローカル・アイデンティティを強化
| ニューアーク・リバティー国際空港/アメリカ |
世界最高の新空港ターミナル
ニューアーク・リバティー国際空港は、ニューヨーク都市圏で最も長い歴史をもつ主要空港です。ニュージャージー州・ニューアークに立地し、同じ都市圏を代表するJFK空港と比べると規模・知名度の点では劣りますが、近年は施設の近代化プロジェクトを推進中。とくに2023年に誕生した新たなターミナルAは、スカイトラックス社の「世界最高の新空港ターミナル2024」で一位を獲得するなど、静かな注目を集めています。

新ターミナルの顔となる大型パブリックアート
この新ターミナルAの大きな見どころは、パブリックアートにあります。目玉作品のひとつ『未来と過去のあいだ』(制作:レイカ・ヌナ・ヤワル)は、到着ホール全体に広がる全長約107メートルの巨大壁画。ニューアークを含む都市圏の豊かな多様性を表現したもので、地域の英雄的人物を地域固有の動植物やランドマークとともに描いています。本作に登場する人々等の詳細はこちらのページでも見ることができます。もうひとつの目玉作品『アプローチ』(制作:カリン・オリビエ)はニューアークの昼夜のパノラマ写真をプリントした吊り下げ式インスタレーションで、吹き抜けエリアの構造を利用しながら、この地域の景観と飛行のイメージを見事に融合させています。
これらのアートには、常にニューヨークの影となりアイデンティティの危機にあったニュージャージーの歴史と人々、移民文化を紹介し、地域が自らのストーリーを語れるようにする狙いがあるといいます。ニュージャージー芸術協議会が主導する諮問委員会がアーティストの選出を行い、空港当局と「パブリックアート・ファンド」(NYの非営利団体)が提携して、地域の歴史や風景を反映するような作品の制作を依頼しました。さらに、一般公募の中から選ばれた27人の地元アーティストの作品も入れ替え制で紹介。こちらは最低一年間のライセンス契約のもと、ターミナル内のウェルカムバナーや写真展示の形で設置しています。
案内標識をかねたデジタルインスタレーション
新ターミナルAの魅力はこれだけにはとどまりません。出発ロビーからショッピングエリア、搭乗ゲートにかけて展開されるデジタルインスタレーションでは、ニュージャージーの有名人や名所、イノベーションにスポットをあて、ローカル・アイデンティティを色鮮やかに表現。空港内の移動を助ける案内標識としての機能を併せ持ち、この地域にまつわる簡単なクイズのほか、搭乗案内などの実用的な情報も映し出されます。
一連のインスタレーションの目的は、この地域についての関心喚起と情報提供、誇りの醸成。「デジタルでニュージャージーの旅を」という意図もあります。制作したモーメント・ファクトリーは、ハマド国際空港やシンガポール・チャンギ国際空港なども手がけるデジタルアート集団。2023年のデジタルサイネージ・エクスペリエンス・アワード(交通部門)も受賞した新ターミナルの雰囲気はこちらの動画からご覧ください。
● Newark Liberty International Airport / アメリカ(ニュージャージー州ニューアーク)/ オープン 1928年、新ターミナルAオープン 2023年 / 新ターミナルAの面積約95,000㎡ / 運営者 ニューヨーク・ニュージャージー港湾局、新ターミナルAの保守・営業権管理者 ミュンヘン空港ニュージャージーLLC

パブリックアートと本格的な展示空間による豊かな旅客体験を追及
| アムステルダム・スキポール空港/オランダ |
空港における文化・芸術体験の草分け的存在
アムステルダム・スキポール空港(通称スキポール空港又はスキポール国際空港)は、年間約6,000万人が利用する「ヨーロッパの空の玄関口」。オランダのアイデンティティを表現し、オランダでしか味わえないユニークな体験を提供することに尽力しており、中でもパブリックアートの取り組みは1960年代にさかのぼります。現在では国内外のアーティストによるおよそ100点の作品を空港内のさまざまな場所でみることができます。
また、2002年にアムステルダム国立美術館の分館を、2010年に世界初となる空港図書館を、2012年にNEMO科学技術博物館(アムステルダムにある子供向け科学館)提供のキッズエリアをオープン。いずれも多くのトランジット客が行き交う公共空間「オランダ大通り」の中にあり、2017年のリノベーションを経て、このエリアは同空港における文化・芸術体験を象徴する場所となりました。

旅客の気持ちに寄り添う多種多様なアート
スキポール空港にとってアートとは、空港という場所に人間的な視点を加えて心休まるフォーカスポイントをつくるもの。設置する作品に関しては、安全性や耐久性、個人の信仰等への配慮といった一定の基準が設けられており、作品の入手・購入を担当する特別委員会が存在します。設置場所や作品のコンセプトについても明確な意図があるようです。いくつかの例をみてみましょう。
時計型インスタレーション『リアル・タイム』(制作:マールテン・バース)は、中に入っている男性が時計の針をせっせと描いて時間を進めているように見える作品。実際に12時間かけて撮影したパフォーマンス映像をもとにしており、途中で休憩を挟むなどユーモラスな動きを楽しめます。作品が設置されているのは出発ラウンジで、搭乗時刻を気にしてもらうと同時にこれから旅立つわくわく感を高める狙いがありそうです。
「オランダ大通り」のキッズエリア付近には、巨大なぬいぐるみ風オブジェの『ペッツ』(制作:フロレンティン・ホフマン)があります。カーペットと同じ素材を使っているため子どもがよじ登っても問題なく、リビングルームのようなくつろぎを与えます。到着ホールにある『アップル』(制作:キース・フランセ)は、旅客がメッセージを書き込める「生きた作品」。1975年につくられた本作は、待ち合わせのランドマークとなっています。
空港体験のさらなる向上に向けて
スキポール空港は、2021年のトラベルリテール・アワードの空港部門で「ベスト・センス・オブ・プレイス」に選ばれました。これは、ナショナルブランドのショップやオランダ料理のレストランはもちろん、上述のパブリックアートとアムステルダム国立美術館の分館等を通して、外国人旅客と「オランダらしさ」との出会いを追及した成果だといいます。単一ターミナルであるため、あちこちに足を運んでもらいやすいのもこの空港の強みといえるでしょう。
同空港では現在、過去最大規模の改修プロジェクトが進行中。出発ラウンジ等の再整備をはじめとして、より一貫性のあるターミナルづくりと旅客の体験向上に取り組む予定で、2024年から2029年にかけて総額60億ユーロを投資する計画です。今後の展開についてはまだ明らかにされていませんが、今回取り上げた3作品を含むコレクションの紹介冊子はこちらからDL可能。「オランダ大通り」の様子は2017年のリノベーション当初の動画からも見ることができます。
● Amsterdam Airport Schiphol/ オランダ(アムステルダム)/ オープン 1920年、アムステルダム国立美術館の分館設置 2002年、空港図書館設置 2010年、NEMO提供のキッズエリア設置 2012年、「オランダ大通り」のリノベーション 2017年 / 敷地面積27,870,000㎡、ターミナルの床面積約1,300,000㎡、「オランダ大通り」の面積5,000㎡、内アムステルダム国立美術館分館の面積1,000㎡、NEMO提供のキッズエリアの面積20㎡ / 運営者 ロイヤル・スキポール・グループ
自国の伝統文化とクリエイティブ産業を空港内各所で発信
| 仁川国際空港/韓国 |
旅客を楽しませるさまざまな体験の提供
仁川国際空港はアジア最大級の空港のひとつ。スカイトラックス社の「ワールド・ベスト・エアポート」ランキングではトップ3の常連で、この空港ならではの楽しい体験を提供することに力を入れています。
韓国の伝統文化や現代アート、さらにはクリエイティブ産業に関わる展示を空港内全域で展開し、文化体験や公演のプログラムも豊富に用意。広大な施設の構造上、すべてを見てまわることはできませんが、公式サイトで網羅的に紹介する他、主要スポットが分かるガイドマップを構内で配布しています。

伝統と現代性を融合させたインスタレーション
まずはこちらのプロモーション動画をご覧ください。第一ターミナルに到着した旅客が真っ先に目にするのは、「伝統文化LEDメディアウォール」。動く歩道に沿って設置されたデジタルサイネージに、朝鮮王朝時代の宮中ふろしきの色彩や伝統舞踊の躍動的な動きをとらえた美しい映像が映し出されます。その反対側には、伝統的な建築様式である障子を再解釈したインスタレーション「韓国伝統の格子(重畳の変奏)」があり、繊細な格子の紋様と光の戯れを楽しめます。いずれも、韓国の伝統文化の広報を目的としたもので、同国の文化・文化財関連機関が協業してつくりあげました。
セキュリティエリアの外にある「韓国文化通り」は憩いの場で、現代アート等の展示スペースも含まれます。中央広場にそびえ立つ巨大サイネージは広告とメディアアートを交互に表示し、上階フロアに設けられた枠のような設備に手を通すと、その動きに反応して映像が動くインタラクティブな体験も提供しています。色とりどりのハングル文字が印象的なモビール作品『ハロー』(制作:カン・ヒラ)、休憩場所を兼ねた『幾何学アートベンチ』(制作:ソ・スヨン)など、韓国人アーティストによる作品も各所に設置しています。
文化財から没入型アートまで、バリエーション豊かな空港内ミュージアム
2021年に誕生した「仁川空港博物館」では、国立中央博物館の収蔵品(13世紀の高麗青磁など)や現代アート作品の企画展示を提供。特定の便を利用する旅客しかアクセスできない「コンコース」(第一ターミナルと第二ターミナルのあいだの搭乗棟)にありますが、入場はもちろん無料で、外国人旅客に韓国の文化や歴史を紹介する場所と位置づけられています。
最もインパクトがあるのは、没入型アートを無料で鑑賞・体験できる展示空間かもしれません。第一交通ターミナル(観光案内所や空港鉄道駅のあるエリア)に立地するこの空間では、最新技術を駆使したさまざまな没入型のデジタルアートを提供しています。仁川国際空港と韓国コンテンツ振興院が共同で設置したもので、韓流コンテンツの魅力を広く世界にアピールすることを目指しています。これまでは「ビビッド・スペース」の名でサービスを展開していましたが、2024年11月にはより規模の大きな「K-カルチャーミュージアム」としてリニューアルオープン。韓国のクリエイティブ産業発信の場としての存在感を高めています。「ビビッド・スペース」時代の内部の様子はこちらから確認できます。
● Incheon International Airport / 韓国(仁川広域市)/ オープン 2001年、「仁川空港博物館」設置 2021年、「ビビッド・スペース」設置 2022年(2024年に「K-カルチャーミュージアム」としてリニューアル) / 旅客ターミナルの総面積1,241,000㎡、コンコースの面積167,000㎡、「K-カルチャーミュージアム」 の面積1,189㎡/ 運営者 仁川国際空港公社
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Researcherʼs Comment
本レポートでは、積極的なアート活用で知られる海外空港の事例を取り上げました。それぞれに方向性は異なりますが、いずれの場合も、ただアートを設置するだけではなく、その導入目的や機能、運用方法について、施設側にしっかりとした考えがある点で共通しています。
ニューアーク・リバティー国際空港の新たなターミナルAは、あまり知られることのないニュージャージーのアイデンティティを表現し、より強固なものにすることを目指しています。全面改装のタイミングを活かしたパブリックアートには計画性があり、人目を引くデジタルインスタレーションはこの地域への興味関心を刺激しながら案内標識としての役割を果たします。スキポール空港には、何十年も前から培ってきたアート活用のノウハウがあります。国内ミュージアムと連携した展示空間はもちろん、オランダらしさを表現しつつ、空港という場所に求められる機能や驚きの要素を盛り込んだ作品群は圧巻です。また、お隣の国である韓国にとって、多くの外国人旅客が行き交う仁川国際空港は、伝統的な文化・芸術のみならず没入型アートをはじめとする現代のクリエイティブ産業を発信する場所であるようです。旅客を最初に迎え入れるLEDメディアウォールはこの国と空港を印象づけるには十分でしょう。他にもさまざまなアートや展示空間を繰り広げることで、韓国という国をアピールしながら空港で過ごす時間を楽しいものにしています。
世界の空港においてアート活用は、旅客の体験を向上させる基本的な手段のひとつです。施設の構造的限界やセキュリティ上の制約がある一方、高い天井や大きな壁といった広々とした空間を活かせるのは空港ならではの強みです。国内外の旅客が利用することから、その国や地域の文化発信の場としても大きな可能性を秘めているということは言うまでもありません。実際に効果的な活用を行う上では、そのための枠組みづくりが不可欠ですが、今回ご紹介した3つの事例が参考になるのではないでしょうか。(丹青研究所 国際文化観光研究室)
この記事を書いた人
丹青研究所
丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら
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