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企業オフィスにおけるインナーブランディングの海外事例
ワークプレイス |
外部の消費者等に対してではなく、広く社内に向けて自社のブランド価値やパーパスを伝えるインナーブランディング。社員や関係者が日々集うオフィス空間は、その恰好の舞台といえるでしょう。本レポートでは、具体的な機能・デザインを通して企業理念と文化を表現し、組織の結束力やエンゲージメントの向上につなげているオフィスの海外事例を紹介します。
※このレポートは2025年9月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。
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目次
自転車関連企業らしさにあふれた機能的でウェルネス志向なワークプレイス
| スラム / アメリカ |
革新的な企業文化をブランドカラーとともに表現
アメリカの自転車部品メーカー、スラムは、シカゴのオフィスビル「ワン・ケー・フルトン」にグローバル本社を構えます。かつての冷凍倉庫をリノベーションした建物にはグーグルのほか、さまざまなスタートアップやデザイン会社が入居。この街のイノベーションカルチャーを象徴する同ビルにあって、スラムもまた自らの革新性をあらゆる面から具体化したオフィス空間で注目を集めます。
まずはこちらの動画をご覧ください。明るく開放的なオフィスのフロアを縫うように走るのは1/8マイルの屋内自転車トラック。開発中の製品をその場でテストできるようになっています。自転車業界の企業らしく、デスクサイドとロッカールームには社員の通勤用自転車を駐輪するためのカスタムラックも用意。「自転車の力」というキャッチフレーズが光る受付エリアでは、リサイクル木材による壁の起伏でツール・ド・フランスの山岳ステージを表現、大きなビデオウォールは実際のレース映像を映し出します。
企業ロゴだけではなく、ブランドカラーである濃い赤とニュートラルカラーを組み合わせた配色、首尾一貫した素材の利用は、スラムブランドの強調。どこにいてもその存在を感じられるようにしています。
社員のウェルネスと健康をサポート
社員の9割が自転車で通勤するというスラムでは、誰もが気持ちよく健康的に働ける環境の整備が必須です。建物一階の駐輪スペースには自転車の洗浄場所があり、汗を流してすっきりするためのシャワールームの数も十分。シューズ入れスペースの付いたフルサイズのロッカーのおかげで、脱いだ靴が無造作に床置きされることはありません。洗濯機・乾燥機、空調設備といった細部のアメニティも徹底しています。
屋外テラスに続くカフェテリアでは体にいい食べ物選びを推進。すべての社員が集まれるだけの広さがあるため、コミュニティ意識の醸成にも一役買っているそう。ワークスペースとしても利用でき、カジュアルなミーティングも可能です。ツール・ド・フランス観戦などのイベントもこの場所で行われているようです。

これらの空間は「人材の連携強化とイノベーションの促進」という目標のもとに設計されました。パーキンス&ウィル社による斬新なデザインは、IIDA(国際インテリアデザイン協会)のアワードをはじめ数々の賞を受賞しています。
● SRAM / アメリカ(シカゴ) / 施設名称 SRAM-HQ / オープン年 2015年 / 面積約6,689㎡

顧客との交流と社員・従業員間の結束を促進する実験的複合施設
| キアビ、エクティシア / フランス |
仕事、暮らし、イノベーションのゆるやかな結合
フランスのファミリーファッションチェーン、キアビは2024年、同社の本社機能を含む大型複合施設「キアビ・ヴィラージュ」を開設しました。子会社にあたる不動産開発会社エクティシアが手がけたもので、キアビのフラッグシップストアとオフィスエリアに加えて、近隣住民も利用できる保育所、社員食堂を兼ねた飲食施設、屋内レジャー施設、イベント広場、ファミリー向けワークショップ&研修用スペース等で構成。オフィスエリアには、キアビだけではなくエクティシアと複数の第三者企業が入ります。
この施設の大きな目的のひとつは、社員と顧客との結びつきを強化すること。キアビのターゲットであるファミリー層や近隣住民との自然な交流を促すことで、諸々のニーズについての理解の深化と創発的なソリューションにつなげます。心臓部となるフラッグシップストアは、新たなコンセプトや製品、サービスを試すためのラボ的存在。その他上述のさまざまな機能が調和した施設は、ただの本社オフィスには留まらないひとつのエコシステムとして設計されているといいます。
社内外におけるブランドイメージを向上
もうひとつの目的として重視しているのは、社内の結束を高めること。キアビの関係者によれば、これまで分散していた本社機能を一か所に統合すると同時に仕事の環境を全面的に再考することで、社員同士の連帯を図っています。
経営陣含むフレックスオフィス制の採用やハイブリッドワークに向いた最新設備の導入といった一般的な施策のみならず、顧客と常につながり持続的な改革と改良改善を行える場の提供を通して、集団としての勢いを活性化させることを目指しているそうです。

実際、本社移転後の社員の満足度は上々。働く場所だけではなく、自社のフラッグシップストアや、保育所・食堂といった暮らしの空間を含む施設コンセプトは好評で、内部的なブランドイメージの向上に貢献しているそうです。「いつでもファミリーのために」を掲げるキアビとしては、外部的なブランディング効果にも期待を寄せます。この「キアビ・ヴィラージュ」によって同社の魅力はさらに強化されることになりそうです。全体の雰囲気はこちらからご覧ください。
● Kiabi、etixia / フランス(ルゼンヌ)/ 施設名称 Kiabi Village / オープン年 2024年(オフィス移転は2025年)/ 総面積3万㎡(内、オフィス5,000㎡、店舗3,000㎡)

国際的ホテルブランドの美学を伝える空港内オフィス
| ハイアット・インターナショナル / スイス |
チューリッヒ空港の大型複合施設に入居
国際的ホテルブランド、ハイアットは2021年、チューリッヒ空港の大型複合施設「ザ・サークル」に欧州・アフリカ・中東地域本社オフィスを移転しました。山本理顕氏設計の本施設は、さまざまなショップやレストラン、サービス・設備はもちろん、広大なオフィスエリアと公園が自慢のビジネスハブ。

系列ホテル二軒とコンベンションセンターを運営するハイアットは主要テナントのひとつですが、大手ホテルグループとしての美学はハイクオリティなオフィス環境からも伺えます。
社員の審美眼向上と働きやすい場所づくりを目指して
ハイアットがこのオフィスで目指すのは、ハイアットのホテル並みの快適さと品格を備えた環境を社員に提供し、彼ら彼女らの審美眼を向上させるとともにそのワークプレイスを強化すること。プロジェクトの紹介記事を見てみると、高級ホテルの館内を再現したかのような洗練された内装が目を引きます。
個人デスクや開放的なコラボレーションスペース、瞑想のできる休憩エリア、皆で囲むオープンキッチン型スペースといった多彩な空間は社内のニーズを踏まえたもの。オープンスペースとクローズドスペースを交互に配置し、ガラス張りの部屋は厚手のカーテンで視線を遮断可能。80人収容の設計ですが、座れる場所を随所に設けて通路を最小限にしたレイアウトにも工夫があります。これらの機能・デザインには、各部門の業務フローの分析とアンケート調査の結果が反映されています。
自社のホテルの傍らでホテルのようなくつろぎを
ハイアットの企業オフィスには他にも同グループの世界観を表現したものがあるようですが、本事例の場合は高級ホテルさながらのゆったりとした雰囲気が特徴的。実際、ワークプレイスとしてだけではなく、出張の多い社員を含めて誰もが休憩し、エネルギーをチャージし、つながれる居心地のよい場所として構想したといいます。
もっとも、何よりの強みは、大勢の旅客が行き交う空港の複合施設という立地と、同じ施設の中に系列ホテルやコンベンションセンターがあるという特殊な環境条件かもしれません。空港のフロアマップからもわかるように自社の事業活動の場に近接したオフィス空間は、インナーブランディングの確かな源となりそうです。
● Hyatt International / スイス(チューリッヒ)/ 施設名称 Hyatt International Corporate office / オープン年 2021年 / 面積約1,500㎡
Researcherʼs Comment
今回はインナーブランディングの観点から海外企業のオフィス空間をみてきました。オリエンテーションや社内イベントといったソフト面からの働きかけや、ブランドカラーを取り入れた内装、設備等の見直しなどは基本ですが、その企業らしさを表現し、社内全体に企業理念を浸透させる手段はそれだけではありません。
スラムの本社オフィスには、自転車を扱う企業としてのカルチャーが凝縮されています。屋内トラックのインパクトもさることながら、今の時代に求められるウェルネスへの徹底配慮にも説得力があります。キアビの場合は、自社の子会社が手がける複合施設への本社移転という形で組織力の強化を図りました。それまでは別々の拠点にいたチームが一同に会するという単純な効果に加えて、同社ならではの施設機能を通してブランドイメージを共有し、顧客のためのイノベーションを刺激します。ハイアットのように、社員に伝えるべき美学をオフィス環境そのものに反映している事例もあります。実際の仕事の世界と紐づいた上質な働き場所を提供することは、社内に向けたブランディングのひとつの理想形といえるでしょう。
規模の大小を問わず、企業としてよりよいパフォーマンスを発揮するためには、社員が自らの会社や仲間への愛着をもち、同じ志をもって業務にあたれるような環境づくりが不可欠です。多くの人にとって日常的なワークプレイスであるオフィス空間は、視覚的なデザインはもちろん、諸々の機能や構成、レイアウト次第で効果的なインナーブランディングを行える場所でもあります。海外企業のアプローチを参考にしてみてはいかがでしょうか。(丹青研究所 国際文化観光研究室)

この記事を書いた人
丹青研究所
丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。 丹青研究所の紹介サイトはこちら
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