【特別対談】キーワードは「働く人のウェルビーイング」―オフィス空間を通じた企業価値向上

ワークプレイス |

空間づくりを通じてさまざまなお客様の企業価値向上に貢献してきた丹青社のプランナー立松が、日本郵政で30年以上建築設計に携わり、複数の大学で教鞭を執るファシリティデザインラボ代表の似内志朗氏を迎え「オフィス空間を通じた企業価値向上」をテーマに対談しました。本記事では、対談の様子をお伝えします。

Profile
似内 志朗
ファシリティデザインラボ 代表

1984年より郵政省官房建築部で建築設計に携わる。2004年より日本郵政公社・日本郵政(株)経営企画部門事業開発部長、2009年CRE部門不動産企画部長。2019年日本郵政退職後、ファシリティデザインラボ設立。(株)ヴォンエルフ シニアアドバイザー、(株)イトーキ社外取締役、筑波大学客員教授、東洋大学非常勤講師、公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会理事・フェロー等。
立松 亜子
丹青社 デザインセンター プランニング局 3部 部長

商業開発において、調査・企画・MD・施設計画・事業計画までトータルに担当。その後、その知見を活かしエンターテインメントから工場見学施設・企業PR施設など、企業展示プランニングや新規分野のプランニングに領域を拡大。創り手・使い手の思いを具現化し事業につなげるプランニングと、つくる過程でも完成した空間でも人がつながり喜びを体感できるようなものづくりを心がけている。

コロナ禍を経て転換した、ワークプレイスに対する企業の意識

立松 私はこれまでさまざまな分野の空間づくりに携わってきましたが、新型コロナウイルスは多くの企業の働き方に影響を与えたと思います。とりわけオフィス分野においては、お客さまの考え方がコロナ以前・以降で大きく変わったことを肌で感じています。

似内 おっしゃる通り、コロナによってオフィスだけでなく、リモートワークも含めた「ワークプレイス」に対する企業の考え方が大きく転換したと思います。コロナ以前は、オフィスを経営課題として捉えている経営者は多くありませんでした。オフィスは経営ではなく総務分野のテーマとして扱われてきたわけです。

つまり、オフィス=コストというのが一般的な見方でした。コロナ禍でガランとしたオフィスを見て「ここに高い賃料を払う必要があるのか」と考え直した経営者は少なくなかったのではないでしょうか。そしてコストダウンのためのオフィス縮小に向かいました。しかし本来であれば、オフィスを闇雲に縮小してコスト削減に走るより、まずオフィス、ワークプレイス(働く場)というものの本質を考えた上で、経営とワークプレイスの全体最適を戦略的に考えるべきですし、実際にそうした企業は増えてきたと感じています。オフィス賃借料を含むファシリティコストは一般的に人件費よりずっと小さいのです。

立松 コロナによって、「総務マターのオフィス」という考え方から「経営マターのワークプレイス」に変わったということですね。

似内 その通りです。コロナによる出勤制限が始まった2020年からおよそ2年間で、それまで1%台と記録的に低かった東京23区オフィスビル空室率は一旦、上がりました。しかし、その後は緩やかな下降に転じています。これはまさに、多くの企業がワークプレイスの本質的なあり方を経営課題として考えるようになったからではないでしょうか。

私はよく「オフィスは『従業員を収容する箱』ではなく『人の知を引き出す装置』である」と言っているのですが、工業社会から知識社会への変化、労働人口が減少し続ける中で、いかに人材獲得競争に勝ち、企業の知的生産性・創造性を上げることができるか。そこでは「働く人のウェルビーイング」が触媒のように良い循環をもたらします。ここにワークプレイスにおける今日的課題があると言えるでしょう。

立松 コロナによって「出社する」以外の多様な働き方が実現したと思います。同時に、家庭環境や職種などによって望む働き方はさまざまですので、時には課題も生まれますよね。私はプランナーとして空間を提案する際、その空間を使用する一部の人に偏りすぎないように意識していますが、バランスを取るのがすごく難しいと感じています。

似内 介護を要する方がいるご家庭や、障がいを持った方などを含めて考えれば、人によって理想の働き方は多様です。そこで大切になるのは、いかに自己決定権を持った働き方を実現できるか。つまり、経営者や管理者が働き方を一方的に決めるのではなく、個々人が選択肢を持つことが、エンゲージメントの向上やウェルビーイングにつながります。業種・職種・経験年数などにより異なりますが、その際に基本となるのがABW(Activity Based Working:その時々の仕事内容に合わせて、働く場所を自由に選べる働き方)です。

立松 基本業務を早く身につけて成長したい新入社員と、現場仕事の多いベテランの社員とでは求める環境が違いますもんね。私自身も、顔を合わせてブレストしたい時もあれば、一人で集中して考えたい時もある。リアルとリモート、それぞれにどんな役割を持たせるか、そしてそれを自分自身で選んでいける環境が大切ですね。

ますます曖昧になる、ワークプレイスの境界線

立松 先ほどABWのお話がありましたが、ひとつ私が携わった仕事を紹介させてください。明太子で有名な福岡の老舗、株式会社やまやコミュニケーションズさん本社オフィスの事例で、オフィス・工場・工場見学施設、さらにはレストランやショップを併設した新拠点が完成しました。お客さまと密にコミュニケーションを取りながらさまざまな働き方のニーズに応えていった結果、まさにABWを取り入れた空間になっていると感じています。

似内 おもしろいですね。お客さまと会話する中で実現していったというのがとても興味深いです。オフィスにどのような価値を持たせるかという観点は非常に重要と思います。私も以前、コロナ禍で宿泊客が減ってしまった地方都市の老舗旅館内に「旅先の書斎」というワーケーションルームをつくったことがあります。残念ながら、すでにその旅館自体が閉業してしまったのですが、豊かな景観の中で働いて、気分転換に源泉かけ流しの温泉にも入れる。私自身も利用していたのですが、集中が必要な仕事にはとても向いていました。働く場所の最適解というのは、まだまだ意外なところに可能性がありそうだと感じます。

やまやコミュニケーションズ 本社オフィス

立松 ホテルや旅館もそうですが、駅や空港にもワークプレイスが増えていますよね。公共空間や宿泊空間と、いわゆるオフィス空間との境界がなくなってきているように思います。やまやさんの事例でも、従業員も地域の方もみんながランチに使える大きなレストランを設計したんです。1階がオフィスで2階が食堂、ということではなくて、空間全体がワークプレイスだと。クライアントワークだとどうしても「その企業が何を伝えたいか」を重視しがちですが、やまやさんの事例を通じて、社員の方がその空間でどう働き、どう活躍するかまで考えて提案することこそが企業ブランディングにつながるんだと実感しました。

似内 おっしゃる通りだと思います。ブランディング、あるいは企業理念やパーパスといったものは、トップダウンで決めていくイメージがありますが、これに加えて、そこで働く一人ひとりの共感があった上で醸成されていくべきものと思います。

ウェルビーイングを高めるワークプレイスの重要性

立松 企業においてはESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みが問われる時代になっていますが、これからワークプレイスのあり方はどのように変化していくと思いますか?

似内 まずE(環境)に関して言えば、いかに環境負荷を最小化するかという観点でさまざまな取り組みや制度設計が進んでいるように思います。G(ガバナンス)も同様です。一方で、ワークプレイスにおいてはS(社会)への取り組みの捉え方が重要だと考えています。社会(Society)の中で最も重要なのは人(People)です。人生の中で「働く」時間はとても長い。

つまり働く人のウェルビーイングの高さは、人の幸福、社会の幸福の少なくない部分を占めています。「幸福に働く」ということは人生においてとても重要であることは言うまでもありません。また、働く人の生産性や創造性は、その人が幸福な状態、つまりウェルビーイングの高い状態では、そうでない状態と比較して有意な差があることがわかっています。ウェルビーイングを高めるほど、生産性も創造性も向上し、結果的に企業価値の向上につながる。健康経営も似たような視点ですが、社員のウェルビーイングが社員の健康に貢献し、企業業績にも貢献し、働きやすい企業であるという評判が人材獲得競争に有利に働く。こうしたボトムアップの目線を持てるか否かで、結果として大きな差が出てくるのではないかと思います。

立松 丹青社として建材・装飾材等の廃番品を専門に販売するサービス「フォーアース(4earth)」など、さまざまな取り組みを通じてESGへの取り組みを進めていますが、社会(S)のウェルビーイングの働き方という点では、まだまだ発展の余地があると思いますし、それを実現するためにはワークプレイスも変革していかなければならないと思います。

似内 ESGは「非財務」と呼ばれますが、環境課題(E課題)や社会課題(S課題)への取組みが、企業にとって単なるコストであってはならないと思っています。E・S課題への貢献がすぐに利益として返ってくることはないでしょう。しかし、競争戦略に関する研究の第一人者として知られるマイケル・ポーターが提唱したCSV(Creating Shared Value: 共有価値の創造。企業の経済利益活動と社会的価値の創出を両立させること)のように、E・S課題と事業(財務)両者にとって貢献できる領域はあるはずです。

E・S課題への取り組みは事業の余裕があるからやるのではなく、長期的に事業(財務)課題とE・S課題解決の一致をしつこく探していくことが重要であり、そうすることで初めて、E・S課題解決への取組みが文字通りサステナブル(持続可能)となるのだと思います。そういう意味では、丹青社さんはユニバーサルデザインへの取り組みをはじめとして、人を大切にする企業風土がベースにあると前々から感じていて、だからこそ無理なくESGに前向きに取り組めるのかもしれませんね。

立松 ありがとうございます。今日の対談を通じてさまざまな学びを得ることができました。今後もプロとしてお客さまの期待以上の空間を提案していくことはもちろん、その先にいる社員の方や来訪者の方々のことまで考えて、みんなが幸せになるような空間をつくるべきだと改めて感じました。本日はありがとうございました。

似内 私もやまやさんの事例などを通じて、いろいろな刺激を受けました。ありがとうございました。


この記事を書いた人

株式会社丹青社

「こころを動かす空間づくりのプロフェッショナル」として、店舗などの商業空間、博物館などの文化空間、展示会などのイベント空間等、人が行き交うさまざまな社会交流空間づくりの課題解決をおこなっています。

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